小説 | ナノ


 アンバランスラバー



「ヨハンっ」

道を歩いていると、聞き慣れた声にヨハンは振り返る。するとそこに居たのは恋人である十代の姿だった。

「十代、どうしたんだ?」

小走りでやってきた十代は、ヨハンの隣に並ぶと両手を後ろに回し、ニコニコとした様子で「ヨハンが見えたから、走ってきたの」と、また深い笑みを浮かべる。

「ヨハン、」
「…なんだ?」
「私のこと好き?」

姿形も声帯も十代そのものなのに、私、と自分のことをいう彼に、ヨハンはニコニコしながらも返事した。

「ああ」






意識は曖昧で、そこにあるようで無い錯覚に陥っていた。真っ暗な世界。夢の中だろうか、と十代は朧気に考える。フワフワと気持ち悪い感覚が続き、早く夢から覚めてくれ、と頭を大きく振ると、声がした。

「……で、……」
「…そ……ら?……、」

確かにそれはヨハンの声なのに、もう一人、別の声がする。それは、それは?

「お休み、十代」
(………え?)

口を開こうとしたが、光が溢れ、現実世界に戻される。聞きたい、今、彼は誰と話していたのか。自分じゃない人と、喋らないで欲しい、ヨハン、ヨハン、ヨハン、

「ヨハン!」
「オレならここにいるぜ」
「…ヨハン?」

夢から覚めた十代が見たのは確かにヨハンの姿だった。どうやらヨハンの腕に体を支えられているようで、あせあせと体を離した。周りを見れば外。十代には記憶にないことだ。確か、十代は家にいて、それから、それから?今まで何をしていたのだろう。

「あれ、オレ…なんで外に」
「覚えてないのか?さっき会って、話してたじゃないか」
「…え、そう、だっけ」
「そうだぜ。大丈夫か?」

大丈夫じゃないと言ったら大丈夫じゃない。全く見覚えが無い場所に居たのは度々あった。だから今はもう、不思議ではないが、今回は何処か違和感を感じた。ぐずぐずとした何かが、体内で蠢く。気持ち悪くて、吐き気さえしてくる。

「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ヨハン、暇だったらデュエルしようぜ!」
「受けてたつぜ!」

ニコニコしたヨハンに、胸がざわめく。別の感情が動き出しそうで、嫌だと首を左右に振った。




まただ。暗闇の世界。フワフワとした感覚。置いてけぼりの自分。一人ぼっち。十代は気分が悪くなり、早く夢から覚めたいと思うばかりだったが、第二の声に、意識をそちらに集中した。

「………だ、……で」
「……う?……し、……」

ヨハンの声。だがまた前回のように、自分じゃない誰かと喋っている。誰と話しているんだろう。楽しそうに、笑い声が聞こえて目の前がスパークする。そして次に見えたのはヨハンの姿だ。自分を見て話をしているのに、会話は今の自分と噛み合わない。自分と会話してるのに、自分じゃない誰かと話しているようで。

「そうかしらね、ヨハンは意外と子供っぽいんだから」
(……え、オレ?)

女性らしい言葉を発する自分がいる。何がなんだか分からずに混乱していると、ヨハンが返事をかえす。

「十代だって子供っぽいぞ」
「私と居るときは、あの子の話はしないで」
「…悪かったよ」

わたし?あのこ?
何が何だか分からないまま、ただ自分を見ているヨハンが、自分じゃない誰かと話をしているのを呆然と眺めていた。
だが、やがて思考が安定してきたとき、全ての意図が掴めた。今まで、どうして自分が意識のない間に別の場所に居たのか。それは全て、"彼女"のせいだろう。彼女が自分の身体を借り、ヨハンに会いに行っていた。今思えば、倒れたときには必ずヨハンがいた。ここは夢なんかじゃない。現実だ。

「ねえヨハン、私のこと好き?」
「…ああ」

何かが壊れたような気がした。これは自分の身体だ。他人が出入りして貰っては困る。十代は苛立ちの中、彼女をしまい込もうとした。

「…ひっ……ぐっ」
「十代?十代っ」
「あ、あなた……私のっ……ぐ、う…いやあ!」

彼女がひとつ叫ぶと、十代は静かになる。ヨハンはそんな彼女を心配し、肩に触れようとしたとき、伸ばされた腕を掴む。そして決して、ヨハンを見ずに問う。

「私のこと、好き?」
「ああ」

さっきと同じ返事に、今度は仕返しとばかりにヨハンを見て、いつもの笑顔で言ってやったのだ。

「うそつき」


アンバランスラバー

(彼はただ)
(泣きそうに笑っただけだった)




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