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DDシリーズの本体を所有している人が比較的近くに住んでいるため、直ぐに来てくれることになった。
エースとルフィと3人で駅に向かって住宅街を歩いていると、艶やかな黒の高級車が俺の上着の袖を擦って、車がすれ違えないこの細い道路の真ん中で急停止した。この危険運転な車の運転手がその持ち主なのだろうか。
運転席の扉が乱暴に開く。微かに紫煙の香りがする。

「おー!わに!早ぇな!」
「本物なんだろうな」
「おう!xxxがJOKER拾ったんだ!」

降りながら、こいつか、と一瞥された。黒に近いチャコールグレーのジャケットの胸に手を入れたので銃で殺されると思ったが、ぶっきらぼうに名刺を渡されただけだった。成る程クロコダイルさんだから鰐呼ばわりされてるのか。

「メモリの電池が切れそうっつったか」
「電池残量も表示出来ないからわかんねーけど、ん〜、もう2時間は点灯してるよなxxx」
「乗れ、倉庫まで直接行く」

ハンドルを支える腕に嵌る独特の文字盤。雑誌の広告を飾るフランクミュラーの実物なんて初めて見る。この強面の、どこか優雅な男は簡単に言うとパソコン屋さんの社長様らしい。ネット上で絶大な人気を誇る、ニッチなパーツまで取り揃えのあるネットストアの運営もしているそうだ。ちょっと俺には上手く想像できない。それでルフィの友達らしい。…いやあちらの稼業の方に見えるんですけどルフィお前大丈夫か騙されたり殺されそうになったりしてないか。

「パーツ発送が迅速的確!でもこいつドライ過ぎなんだ、砂野郎とかも呼ばれてるぞ、にしし」
「否定はしねェ」

助手席に座るルフィの紹介に口の端を一瞬上げて笑った。存外に仲がいいのか。怖いけど悪い人じゃないのかもしれない。スピード出し過ぎて車怖いけど。


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着いたのは刑事ドラマで見るような、港近くの大きな貸し倉庫だった。ダッシュボードから出したキーケースの鍵でその扉が開くんだからこの人本物だ。いやもしかしたらあちらの稼業でも倉庫の鍵とか開けるかもしれない。まだわからないぞルフィ。
クロコダイルさんが電気を点けてくれて、奥まで段々と電灯が灯って見えたのは、人間1人がちょうど入ってそうなサイズの箱が区画で分けられ何種類も積み上がっている、ルフィの目がサーチライトのように輝く景色だった。恐らく人型パソコンの輸送用のパッケージだろう。

細かいものやジャンク品は2階で管理していて、件の伝説のパソコンも邪魔になってクレーンで上げてしまったらしい。鉄の階段を上ると、倉庫の天井から下がる貨物用の鎖の先に、短い金色の髪の男が1人首を垂れていた。全身をバンドで纏められ手首からぶら下げられている。死体か。殺人事件か。やはりか。

「ひ、人が!」

「すげー!本物初めて見る!xxxあれがそうだぞ!DDシリーズだ!」
「水揚げかよ」
「動作確認が出来ねェんで困り果てた末の扱いだ」

そうか、パソコンか。伝説のパソコンはたぬき型ロボットではなく人型らしい。ルフィが吊られた男に走り寄って周りをグルグルと回っている。クロコダイルさんが革靴の音を一番響かせて階段を最後に上ってきた。

「どうだポンコツを動かせそうか」
「ホントにスイッチないなー!大抵首の後ろなのになぁ」
「押せるところは全部押したがさっぱり動かん、ロック掛かってて分解も出来ねェもんでな」
「どっかに必ずあると思うけどなぁ」
「じゃねェとただのマグロだからな、製作者はド級の変態で間違い無ェ」

笑うエースの横でクロコダイルさんが火気厳禁のプレートの真横で煙草に火を着けて、オイルライターの蓋を閉じながら煙を吐いた。

「なぁすまんクロコダイル、此処圏外で居心地悪ィんだけど…」
「キツイか」
「あ!そうだエース、掲示板とかに起動の仕方とか情報ないか聞いてみようぜ!」
「JOKERの入力の仕方も聞いておけ」

何だかものすごく夢中になっている3人に、2階に俺1人置いていかれる。
この倉庫はウイルス感染対策で壁に防電波壁という代物を採用しているそうで、入り口近くじゃないと電波が入らないらしい。今だにトランプカードが点滅し続けるメモリーカードの入った、ウイルスを閉じ込めてるこのビニールケースを開けたらきっと何か大変なことになるのだろう。

手に持ったカードと吊るされた男を見比べつつ、俺も一周してみる。
テープ状の白いバンドにぐるぐる巻きにされている隙間から、少し日に焼けた健康的な肌色が覗く。この人には箱は無いんだろうか。背が高くて、美術館でポーズをとる彫刻作品みたいにバランスのとれた肉体美で羨ましい。濃いサングラスをしているせいと口元まで巻かれているせいで表情が全くわからない。この端末を、ゲーム機のメモリーカード的に差し込む所があるのかと思ったが、そういった差込口は一切無いように見える。本当に人間がただ眠っているだけみたいだ。メモリーカードをポケットに入れて、まとめられてる太腿に指先で触れる。力の抜けた筋肉と、まるで人間の皮膚だ。

「電源ボタン…」

"大抵首の後ろ" "押せるところは全部押した" "分解は出来ない" "でも必ずある" "製作者はド級の変態"

違ってたらごめんなさい。もしかして、普通押さなくて外から見えないところじゃないですか。痛くありませんようにと祈りつつ、目を瞑って窪みの奥を中指で押す。

カチ、と嵌り込む音がして埃が立ち上がる。俺の髪の毛もふんわりと逆立つ感覚がした。

通電した!

慌てて離れるけれど動いてはいない。狼狽えて階下の離れた3人を覗き込んで、なんて言ったら良いのか言葉が出ず、混乱して吊られた男を振り返る。サングラスの左目が光った。

そっと寄って行って覗き込むと、濃いガラスの左下に最小限のピクセルの文字が点滅していた。

"SCAN"

「すきゃん」

このウイルスがあれば起動できる、ってもしかして。慌ててポケットから拾ったカード端末を出す。一か八か53種のトランプカードがランダムに点滅し続ける端末を、紫の左目の前に持ち上げる。吊られてるせいで背が全然届かない。見えればいいだろうか。

"SCANING"

おお、これで良いのか。色眼鏡に映る文字の活用が変わって点滅が遅くなった。しかし爪先立ちが早くも限界だ。

「く…」

"COMPLETE"

"ACTIVATE OS DD"




紫の色硝子の奥で瞼が開いた気がした。


「わあああうごいたあああ」




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↓OS DD (version 23.0x3ff.2)

↓dfmf



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