// ねこはヒトの気持ちなどわからないので



補給に寄港した春島には、海岸沿いに煉瓦の倉庫が幾つも連なり隣島との交流も盛んな大都市が複数あると見受けられた。
人が多く賑わっていて食いっぱぐれない。ああこれは、xxxが探していたような街だ、と感じた。

港が見下ろせる高台で穏やかな潮風を受けながら、夕陽に照らされたオーロジャクソンを眺めていた男が雑踏へ歩き出す。ロジャーが寂しがるぞと、その背中を相棒の名前を使って呼び止めた。ちょうど小さく背伸びをしたところだった。

「もしかして俺の行動読める力とかある?」
「ある」
「嘘だぁ、それに船長さんにはちゃんと言ったよ」
「寝てる間にか?」

一瞬眉を上げて、すぐに戻した。

「あは、ほんとに読めてる」

ハーフパンツのポケットに手を入れて、目を三日月に細めて笑う。柔らかい黒髪が目元を半分隠してる。出航は明日の昼の予定だ。まだ、早いんじゃあないか。

「今日の夜は宴がある」
「えなんで?知らなかった、ずりぃ」


「遂に密航者が出ていくんだ、盛大にやる」



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タダ酒逃すまいと夕方に船に戻ると、レイリーが言ってた通り宴になってた。
はっはっは。知ってたけど、俺かなり愛されちゃってんのな。嬉しいし、酒がうめー。

「xxxおめー降りたら誰がトイレ掃除すんだよぉ」
「味見係がいなくなる」
「俺よりカード弱いヤツが必要だ、まだいてくれよ」

考えなしに乗り込んだこの船の行き先を聞いて、長居するつもりはなかった。偉大なる航路?海賊王?間違いなく過酷な旅になる。
それに気のいいヤツばっかで肩肘張らなくてよくて、時々時化で餓死しそうになったり怪我したりする以外、過ごしやすかった。そんないいところに、俺がずっと居られるわけが無いんだよな。

「トーイレ」

出来上がった深夜のカードメンツの輪から立ち上がると、今度は真っ直ぐ目があった。監禁するタイプと似てるけど、ちょっと違う。鍵がかかってない感じ。面倒見が良くて、可愛いなって思ったコをほっとけない。たぶん全員。毎晩、一過性に見せかけては、失敗してる。

友情や恋愛では言い表せない、深く、強い感情だ。流石に俺でもわかるよ。



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船縁に背を預けてロジャーと下らない会話をし、ロジャーが離れて少し経つと、隣にしゃがんでいた。夜は影でできている。感知しにくい。
xxxが酒の瓶を持っているのが見えたので飲みかけの小瓶を逆さにして空にして、後ろの海へそのまま放った。

「バギーが大泣きしてたな」
「んなはは、あんな泣かれると思わなかった、見て鼻水でべちょべちょ、きったね」

立ち上がってハーフパンツについた大きな濡れあとを見せてきた。

「海賊の別れは一生モノなことが多いからな、挨拶もせず行ったらもっと酷かった」
「そう?明日には忘れてまた跳ね回るよ、子供だし」

何言っても駄目で仕方のない、可愛い弟分がいなくなるなら尚更だ。お前は誰が大泣きして引き止めても降りるんだろうが。
寄越せと手を出すとあっさりボトルを渡してきた。ラムかと思ったらランプ・ブラックのヴィンテージボトルだ。誰かの隠し酒をくすねたな。クリパスキュラーなのにナイトウォーカーだ。栓が無いならもう仕方ない。早く飲んでやらねば可哀想だ。一口いただく。

「忘れる」

もう一口いただいて瓶を返すと、そう言ってxxxもボトルを傾けた。誰も止めないのでそのまま二口も飲んだ。暫くの間ふたりとも前を向いて人のいない甲板と、その向こうの窓の明かりが点々と灯る美しい煉瓦造りの街並みを眺めていた。xxxがボトルを足元に置いて、胸ポケットから紙煙草を取り出して一本にマッチで火をつけた。軽く振ってマッチの火を消し、後ろの海へと指で弾く。黒い夜に白煙が昇って、どこへも辿り着けずに霧散していく。

「いつか私のことも?」
「んえ?」

ゆっくりと船縁から背中を離しxxxに影が落ちるように前に立った。
xxxが肘を置いている外側に両方の掌をつくと、咥えていた煙草を指で挟んで唇から離した。

「ウン、そりゃレイリーより上手な人いたらさぁ」

煙草を摘んでいないほうの手が私の頬に触れた。とろんとした目で顎髭を撫ぜる。その手を享受しながら、そうか、と返事をした。するとまた、うん、と鼻にかかったような声で返事を返す。私がそれに残念だと続けても、今日はいい天気ですねと続けても、うん、だろう。
足元に灰が落ちる。xxxがゆっくりと瞬きをする音さえ聞こえそうだ。まだ指先が頬から離れない。ふんわりとした前髪が眼鏡に触れた。

「みんなみてる」
「影から出なければいい」
「ずり」



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レイリーさんの隣には、一度ロジャー船長が暫くいた。ロジャー船長が離れると、トイレと言って輪から立ってずっと帰ってこないxxxがしゃがんでいた。軽そうな酒瓶をひとつ手に掴んでる。
気が付いたクルーたちはそろそろ寝ようとか下手くそな嘘をついて立ち上がり始め、だんだん甲板から人が減り、そして物陰にぎゅうぎゅう詰めになった。レイリーさんの見聞色の射程内なのに隠れるのは変な話だ。でもなんでかむず痒くて、近くにはいられない。大人たちもきっとそうなんだろう。
xxxが立ち上がって並んで何か話して笑って、また少し黙って、を何度か繰り返してるみたいだった。あのふたりが大人しく話してるところなんて俺たちは滅多に見なかったから、全員緊張していた。何かしたxxxが追いかけられてる姿ばかりだった。人前でなんか特にだ。

「お、xxxとレイリーあんなとこおったが、むぎゅっ」
「ネコマム、しっ!」

ネコマムシがよたよたとボールを抱えて後ろから来て、隣のシャンクスが慌てて胸に抱え込んだ。

「みんなこがな狭いところで何しちゅうがか?」
「ダメダメ静かに」
「最後にみんなでナイター蹴鞠するぜよ」
「いまいいとこだから」
「あ!」

どうせxxxのほうは影になって認識出来ないってのに、ロジャー船長とギャバンさんが慌てて俺たちを纏めて抱えるようにして、腕まで使って目隠しした。
その指の隙間から見えた。何も見えなくなりそうな影の中から、煙草を持ったままの手が背の高いレイリーさんの首の後ろに慣れた手つきで絡んだ。
すぐに解けて、レイリーさんを自由にしてしまったあの腕は、連れてってのたった一言をきっと言わないのだろう。俺たちの副船長なら、仕方がないって、全くお前はって、抱えあげて連れて行ってくれるのに。それをふたりともわかっているのに。なんでどうして言わないんだ。レイリーさんは、寂しくないんだろうか。俺は、こんなに寂しいのに。

真夜中の黒猫は、自由で、秘密で、何処までも何処までも行ける人生を愛している。それは自分のものも他人のものも総てで、誰にも独占できないような形のものだったのだ。
大人になってやっと俺もほんのちょっぴりだけ、わかった。



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風に揺らぐふんわりと柔らかい黒髪が変わらない。
降ろしたバルドールの街には居付かなかったらしく、海岸沿にひとつ街を挟んだ街にいた。海沿いに大きく開けた公園があり、街の外れで公園の側、なかなか好立地なコーヒースタンドのカウンターの中に座っていた。黒いシャツを袖まくりして、くたびれたベージュのエプロンをしてる。外へ張り出した出窓を改築したんだろう木製のカウンターに肘をついて、通り過ぎる若い女性に時折愛想よく手を振っている。

離れたところから観察していると、出窓へ向かって街角を真っ直ぐ歩いていく女性の後ろ姿が目を引いた。幼い赤子を抱いたスラリとしたその背の高い女性はxxxに声をかけ、二言三言会話すると最後にxxxの頬へ思い切り平手打ちを喰らわせてその場を立ち去った。ひっ叩かれた頬を摩る怒られたときのような表情も変わらない。またお前は。
スタンド傍のパラソル付きテーブルには何人も座って思い思いに寛いでいて、何人か顔を上げていたがさして気にしてない様子だった。狭いだろうカウンターの端に手脚を投げ出して目を瞑っている大柄な茶トラの猫も目を開けない。xxxが騒がしいのは、ここでも日常茶飯事なのかもしれない。なるほど、天職かもな。
しかしこれは日を改めた方がいいだろうか、と顎を触っていると恨めしそうな視線がこちらを向いてしまった。

「げェ!!」

バツが悪そうに耳の後ろを掻いていたxxxが、立ち止まっている私を目にとめ、次第に眉を上げていき、唇の形を歪ませて大声を上げた。

「マジ!?」

「大マジだ」
「ややや、なんかズルしたっしょ」
「実力だ」

笑いが込み上げて止まらん。五年は経ったろうに、まるでついさっき台所から引き摺り出されて来た時のような会話だ。人を指差すな。一歩ずつ近付くと挽きたての珈琲豆の薫りが鼻腔を擽る。いい薫りだと言うとxxxがカウンター下の黒板を指さした。

「ん、おすすめ、480ベリー」
「お前が淹れるのか」
「そ、飲んでく?ティナちゃんのお店なんだけどねぇ、俺店番してたらなんか流行った!大人気!看板娘!」

まるで私が何でも知っているかのように話しかけてくる。何から話そうかと考えていたのが馬鹿馬鹿しい。ロジャーの処刑は流石に知っているだろうか。
会話しながら窓の奥であっちを向いたりこっちを向いたりして、注文していないのに客用じゃないだろう深いグリーンのマグカップをカウンターに乗せ、最後には砂糖いる?と上目に聞いてきた。背中ではエプロンの紐の結び目が縦になっている。

「可愛いままだな」
「え」

xxxが面食らって動かない。

「ん?」
「あ、やー、今かぁ、と、おもって」

カウンターに肘をついて見上げると、視線を左右へ泳がせて頭を掻いておれ、もうさんじゅーいちとか、にとか、だっけなとむにゃむにゃと吃った。眉と口角が上がったり下がったりと忙しない。
そうか、言ってなかったか。

「ずっと思ってる」
「んわぁ」

変な声をあげたあと両手で自分の髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。それから懐かしいたっぷりのため息を鼻からついて、カウンターへ肘を置き私と視線を合わせて言った。

「アンタもカッコいいままだよ」

ちょっと老けたけど、と付け足した。まったく口が減らない。
太陽の光を反射する猫目を近い距離から見つめ返す。

「もうサボらないのか?」
「もうサボっても怒らない?」
「どうかな」
「じゃあヤダ」
「冗談だ」

xxxがゆっくりと目が細め、カウンターから大きく身を乗り出してテーブルの群れに今日もう閉める、と一度声をかけた。慌てて立ち上がる客はおらず、各々カップを持ち上げたり掌を見せて揺らしたりと、どうぞご勝手にの仕草だ。

さて、私が失くしたシガーケースが今お前の尻ポケットに入っている事については、お前の態度によるな。




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