// ねこは可愛いので



「密航者だーーーッ!」

早朝から船内に足音と断末魔が響いて起こされた。檣楼から降りてきたギャバンが隣で欠伸を噛み殺した。

「何処にいた?」
「台所、ティエットからだと」

報告を受けたそのまま伝える。前の島を離れてから二日も経ってる。どう隠れてた。
船室から出ると、朝日を受けた甲板で数人に征圧された黒い髪の青年を、バギーとシャンクスがさらに後ろ手に何重にも縛り上げていた。

「次の島まで乗せて欲しいだけ!お願い!ね!お願いします!」

甲板に頬を付けたまま、上体を起こそうにも子供2人に背中へ乗られただけで動けない様子だ。大柄ではない。敵意も危険も感じない。口だけで暴れている。

「釣り餌にしちまえ」
「いいな海王類釣ろう!」
「海王類のアクアパッツァ」
「刺身」
「サシミってなんだ?」
「ギャーーーーッほんと何でも、何でもするからお願い!おれ泳げないんだって!」

色の抜けた麻のシャツに、黒のハーフパンツにサンダル、起き抜けに街の市場へ果物でも買いに行くような格好だ。あとでわかることだが、身を改めるとシャツの胸ポケットに煙草一箱しか荷物はなかった。しかしこの軽装の一般人に、ロジャー海賊団の船に乗り込まれた。嘘か真か、誰にも気付かれずだ。能力者か、否か。思考し続けながら顎の下を擦ると、隣ではギャバンが二度目の欠伸をしていた。

「こないだ海楼石っぽい手錠あったろ、あれ持ってこい」

我ながら思いついてしまったな。
海軍艦と交戦になった時にクルーが"拾って"きた代物だ。本物なら金銭的に価値があるが、俺たちには真偽が判断できなかった。ロジャー曰く、海っぽい感じはする。まだ捨てずにあったようで格納庫からバンクロが持ってきた。


「な、なになに、それ、そういう、つけて沈める系?えーおかしいなそこまで悪い奴らじゃないって聞いたんだけど」

「やかましい」

重量のある手錠を見ると怯えたようで、声の量が減った。見上げてくる黒目がちな目は目尻が上がり気味だ。18、19、俺が海へ出た頃くらいの年齢だろうか。
背中の縄を掴んで立たせ、後ろに出てる細い手首に通す。剣も銃も似合わなそうな指だ。

「ぇ、」

途端、芯が抜けたように膝をつき、数秒後には膝をついていた青年がそのまま事切れたように落ちた。骨が堅い木に打つかる音がした。
額からいったな。力が抜けるどころか、溺れた。演技にしては出来過ぎてる。我々が感知不可能な一癖ある能力者だが、一般人だろうな。

ざわつくクルーとやっと起きてきて駆け寄ってきそうなロジャーを片手で制し、片膝をつく。意識の無い青白い頬を細い黒が滑り落ちる。伏せた瞼の縁の長い睫毛には、くるりとした寝癖がついていた。台所の床で丸まって熟睡していたらしい。


「なるほど、本物だな」


そのまま手錠に鍵をかけ、鍵は内ポケットへ仕舞った。



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デッキブラシの柄の先端に腕を乗せて目を瞑る。天気が良くて、風が気持ちがいい。
そういう意味で何でもするって言ったんだけど、甲板掃除を任された。昼までに掃除しろって言われてるけど、まぁ半分ぐらいいけばいいっしょ。
タンコブになって腫れてた額にはガーゼが貼られていた。消毒薬の匂いが微かについてまわる。やさしー。数十分気絶していた。監視の目が減る夜だけつければ良い、と手錠は起きたら外された。檻とかにも入れないらい。海賊って、思ってたより健全?

「ゆガラ、ねこじゃな?」

「びっ、くりしたぁ……」

ねこまむしなんておっかない名前をした、喋る子供ライオンに話しかけられて驚いた。デッキブラシを抱えてしゃがんで目線の高さを近づける。

「ウン、そだよ、なんでわかったの」

ゴロニャニャ、と喉を転がして笑い、猫にはわかると言って俺の横に座った。やっぱそっちの猫だよね。小さくても立派な立髪が彼の顔の動きに合わせてゆっさりと揺れる。ツノみたいな耳が生えてる。猫だ猫だ。
撫でたりしてもいいのか聞くとガルチューじゃな、と体当たりの返答だった。嬉しいけどガルチューって何?

「そんでさぁ、なんか食べたらお金くれるっていうから食べたんだけどさ、マッズいわ金はくれないわ逆にキレて追っかけてくるわでねぇ、理不尽だよな」

頭頂を撫でたあと頬を挟んでうりうりすると気持ちよさそうに目を閉じた。ゴロゴロと喉が鳴り始めた。ライオン?ネコ?どっちだろう。猫がいいなぁ。俺もね、多分猫。ただ黒っぽい猫っぽいものになるってだけで、何の能力かはよくわからない。動物系で、暗闇の中だと誰にも気付かれないってことくらいしかわからない。仲間だねぇ。

「聞いてるー?」

目を瞑ったねこまむしの顔まわりをもみもみと捏ねていると、全然相槌を打ってくれなくなった。覗き込んで顔を近づけても全然目を開けない。

「きいちゅう、きいちゅぅ、」
「ホントにぃ」

甲板の掃除そっちのけで、午前の陽だまりの中でうとうとのねこまむしを膝の間で柔らかい餅にしていると、頭上に影が落ちた。

「あ」



「ギニャッ」


俺の頭を拳でぶん殴り、すかさず揉んでいたねこまむしも取られた。逆光で眼鏡が光って凄みがすごい。

「サボるな」

「ひでぇなんでおれだけ!」
「当たり前だろう、ネコマムシ、こいつにあまり近付くな」
「んんにゃ、悪いやつがやないぜよ」
「判断が速すぎる」

ねこまむしを置いた反対側のレイリーの脚の後ろから、いぬの子供がこちらを窺ってる。うわ、うわ、うわ、遊んでくれる人ですか?って顔でしょ。そうだよ。ボールとか無いのかこの辺。

「何故島を出たい」

「え、聞いてくれる!?家火つけられちゃってさ」

最初のところで眉が上がった以外は特に反応せず、そのあとは寝泊りさせてもらってたオネーサン二人に包丁持って追いかけられた、ってとこまで腕組みしたまま聞いて、そうかとだけ相槌をうった。あ、別のこと考えてる?人が何か思い出してる顔だ。決して嫌な思い出ではない、出会いとか別れとか、他の誰にも渡せない一瞬を。いいねぇ。何ていうんだっけ。えーと走馬灯?
俺には出立に深い理由も思い入れもない。ただフラフラしてる俺にはあの町は小さすぎたとは思う。でも本当に飲んだ帰りに港を歩いてて思いついたその場のノリと勢い。この一番でっかい船、乗っちゃお!ってね。運が良いのか、悪いのか、タンコブ出来た以外うまくいってしまっただけ。人の多い街に漂着できたなら身一つでも生きていけるような気がしたから。後も先もない。

「家が燃えたか」
「あれ、もしかして燃やされた経験ある?さてはオニーサン、かなり遊び人だね?」

顎触って独り言ちるように言うので、なんだ同業者じゃないかと指を指すと再び右手がグーで振りかぶられた。

「痛ァい!」
「一緒にするな、あと呼び方が癪に触った」
「えぇごめん多すぎて名前覚えらんないから教えてよ」
「お前の副船長ではないが副船長でいい」
「ん、わかった」

この人、顔はいいけど難しそうだな。
足元でねこまむしが無邪気にからからと笑った。

「レイリーはゲンコツが痛いが面倒見の良い頼れる男ぜよ」

「ウッソだぁ、この人いっちゃん怖い人じゃん!うわ!ごめんなさい刃物やめてやめて」



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三日ほど色々雑用に回してみたが、几帳面なヤツが苛々する以外何も事故は起きてない。夜中に誰かに煙草か酒を集りに彷徨いてるのを昨日捕まえたくらいだ。シャンクスとバギーは何もかも駄目な後輩が出来て、随分楽しそうにしている。

「雑用係どうだ?」
「怪しい動きはないけど、料理はからきし、釣りが一番うまいかな」

でも何させても目を離すと休憩してら、とコックがぼやいて頭をかき、だがなぁ、と続けた。


「顔が可愛いんだよなxxx」


窓から船外を覗くと、甲板掃除しているはずのxxxがネコマムシとイヌアラシと一緒になってサッカーのような野球をしている。
次の島影は、まだ見えない。頭痛がしてきた。




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