// まどろみの波の中で



 顔に地面と水平の傷痕を持つ人相の悪い司祭が一人、街の小さな教会に現れてからしばらく経つ。廃教会となり朽ちるのかと思われていたため小さな街の住人たちは、教会の扉の鍵を持って現れた男を疑わず歓迎した。
 男は愛想も無く、信心も慈悲深さも野犬の餌にしすっかり上部だけだったが、その落ち着いた低い声と禁欲的で厳格な佇まいには上品さと求心力があった。煙草も酒も女もやるが上手くやり、教会の地下では太陽の下に置けないありとあらゆるものを受け入れる金庫を運用していた。その男を改心させようと現れた、時折教会の屋根に立っている青年の存在は街の人間の目には映らない。翼が白かったことを思い出すことはもう殆どない。小さな教会には男だけではなく悪魔もいた。

 生後一年に満たない息子と夫を家庭内の事故により失った女が、数ヶ月前から教会へよく訪れるようになった。牧師は頻繁に訪れる女が何を期待しているのかは察していた。今日も末端の顧客へのアフターサービスとして、あなたの罪をゆるします、と言ってやる。
「クロコダイル、彼女おかしいよ、自分で毎日腕や腿に何か注射してる、病気なのかも」
 女が服の下に隠し父にも代理人にも隠していることを、素直な疑問として口にした青年の声が裏打ちになった。人の腿の上に膝を抱いて座りクッキーを齧る。感じる重みは小鳥ほどしかない。相手には見えないからと狭い告解室に勝手に一緒に入ってくるのは、羽根が黒く染まってからの趣だった。大方トリップした女が自分で息子の首を絞めたんだろう。止めに入った旦那も刺した。女の腕力と言えど錯乱時はタガが外れる。
「ねぇ」
 女はいまだに食事を三人分作ってしまい食材を無駄にしてしまうといったことなどをつらつらと懺悔している。
「最近俺のこと放っておいてない」
 隣の部屋に返事をしながら視線だけ下に動かす。言い出したくせに、自分からすぐに視線を外した。
「一緒にも寝てくれないし」
 唇を尖らせて言いたいことを言い終わった途端に立ち消えた。腿にあった微かな感覚もなくなった。向こうの女はまだ同情を誘う懺悔を続けている。
 xxxの少ない友達である野郎は最近暗号通貨で遊び始めて忙しいらしく、しばらく顔を出していない。冬はこの辺りの鳥は渡っていってしまう。ひとり遊びにも飽きたころか。

 その日の零時過ぎ、黒い羽根の羽撃きで部屋の照明が落ちた。奇跡など造作もなく、タネなしの手品は朝飯前のままだ。常人が目の当たりにすれば"悪魔の仕業だ"と騒ぎ出す。
 ベッドの上に膝立ちで俺の胴を跨ぐ悪魔が、ゆっくりと翼をたたむのが段々と見えてくる。何も纏わない美しい肢体が暗闇でぼんやりと白い光を放つようだった。神の尺で設計された、全ての人間を天国へ連れて行く身体だ。乱用すれば神に微笑まれる。俺の場合、微笑むのはサタンだろう。
 好きにさせて楽しむか。本を閉じると、xxxが俺を閉じ込めるように顔の横に手をついた。そこで枕元に置いている携帯端末のひとつが鳴った。液晶画面には、昼間にも来ていた女の番号が表示されていた。俺が携帯端末に腕を伸ばすとxxxは信じられないと言うように何度か大きく瞬きをした。悪いな。常用者で元教師であるこの女は利用できると踏んでいるので適度につないでおきたい。
 起き上がらずにそのまま通話相手へ適当な相槌を打ちながら、耳の横で枕を潰している手、手首、腕、肘の内側、と視線で触れていく。肩、鎖骨、顎の先。むっとした表情を作るだけで、きちんと待てが出来てしまう。御行儀の良い悪魔だな。
「今夜はもう遅いですから、ん」
 いつまでも未成年のような手が頬を挟んで強引に唇を押し付けてきた。ほんの数ミリだけ離れて、鼻先が触れている。黒曜石のような瞳が、不機嫌に俺を見つめる。
「その話って明日の朝じゃダメ?」
 我慢の利かない表情で一息にそう言った。焦れて、それでいて恥じらいが残る。俺が黙っても電話口でシャブ漬けの女は神父さまへ何かを喋っている。
「あっ」
 通話終了のボタンも押さず端末をベッドの下へ放り、魔性の身体を巻き込むように引き倒した。捕食するように首筋に噛み付くと絡まった片脚をいやらしくすり上げてくる。
「ふぁ、うれしい、さわって」
 肩を押さえる俺の手に、もっと触れてと上から自分の手を重ねる。幼く可憐な仕草と。
「いっぱいして、えっちなこと」
 吐息が歓喜に震えている。精液を絞り取る天上の身体。




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