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居心地良く設えられた空間に、口腔内で味わっていた紫煙をだらしなく吹き上げる。

「見つからねェ」

「フフ!欲しがられるってのは気分がいいな」
「うぜェ」

ジジイにカウンターに出る時は何か巻けとでも言われているのか、今日は黒のクロスタイが入っている。しかしカウンターの客側に脚組んで座ってる時点でその取り繕った外観は台無しだ。常連も帰り、この時間からは客は来ないだろうって時間になっても俺が残ってると奥から偶然を装って出てくる。俺が来るってことさえ把握してるような事だってあった。俺はスケジュール管理だけはアナログだ。どうやってやがる。

「飲み過ぎですよ」
「2本目だ」
「葉巻の方じゃありません」

少し低くなっているカウンターの中からジジイの声が煙を揺らす。唇から葉巻を離し、薄暗くされた奥まった位置のソファから言い返すとうっとおしい笑い声も付いて返ってくる。カウンターまでは声を少し張らないと届かない距離だろうが俺の呟きはバーテン2人に不思議と正確に届く。
OSDDを探してるのはコイツも知ってるだろうが、最近じゃ出品された形跡すら引っ掛からなくなってきた。何者かの力が作用しているのは間違いない。何だかんだ言って逸らかしてくるコイツは何かを警戒してる。テメーを使いたいわけじゃない手に入らないと手に入れたい追う心裡だ、そう言ってやると少し考えるように顎を擦って、ついにこう言った。"バラしちまった"。このポンコツ野郎。


「稀少価値をバラしちまう人間が何処に、」


動かねェならバラして売る、そうしようとしたことは実際にある。どこからも開かなかった筈だろう。
この回線で繋がれてる世界中に星の数程ばら撒かれたパソコンのうち、無駄にでかくてやけに目立つサングラスの何台かだけを、誰が次々に解体してる?


カウンターに肘を付いて、起動方法もOSも不明のパソコンが口角を引き上げる。

「まぁ人間は操れないからな」



「残りは13体、間に合うか?世界は広いぜ」


コレクションしたいんだろ?そう言ってカウンターチェアから降りるとジジイの横をすり抜けて奥に引っ込んでいく。定時きっかり、お迎え有りの日だ。



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アルバイトの上がり時間に、狭いバックヤードで着替えて出てくると困った顔の店長に声をかけて呼び止められた。

「xxxくん知り合いにパソコン強い人いるんだっけ?」
「いますよー」

ルフィの事かな。
どうやら精算上げようとしてレジと繋いだパソコンが突然エラーコードを繰り返すばかりになり、レジがパソコン側から強制的にロックされてお金が出せなくなったようだった。マスターキーまで回らないらしい。

「"深刻なエラーが発生しました"」

精算のためにレジ前に置かれたスツールにいつもの格好で座る事務所ちゃんの顔を覗き込むと、無表情で赤い目になったり水色の目になったりしている。いつもみたくお疲れ様ですって笑いかけてくれない。エラーコードは、と続けて10桁ほどの番号を言うけれどそれを書き取ろうとした店長が言うには毎回違うらしい。たくさんエラーが起きてるってことかな。事務所ちゃんはいつもと全く違う嫌な忙しさに追われているのだ。しかも体の中でとか嫌すぎ。助けてあげたい。

明日の朝レジが開かないと困るのはよくわかる。
お釣りが出ない。おかわりは10%引き、ケーキセットの割引は自分たちで、カフェオレ2杯オレンジジュース1杯アメリカンと1杯とブレンド1杯はケーキセットでモンブランはセット価格に+20円で1オーダー。
う〜ん、やばい。


ルフィは夜遅くまで起きてるから事情を話せば来てくれるかもしれない。30分くらいで、と店長に伝えて裏口を出て、すぐ引き返す。

「店長、もしかしたらすごい詳しい人いるかも」



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「本体には問題ねェが、今日のソフトウェアアップデートがダメだな、会計ソフトがOS動作保証から離れ過ぎだ」

うんたらかんたら。

不具合なんたらかんたらの話は俺がソイラテ用の豆乳をグラスいっぱいに注いでカウンターに回って飲んでグラスを洗って戻るともう大体終わってて、ドフラミンゴさんが事務所のパソコンに繋いだ接続コードを抜いてるところだった。つまりあんまり聞いてなかった。けど解決したらしい!

「立ち上げりゃ今日の数字の入れ直しは勝手にやる」
「いやぁ助かったよ〜!ありがとう!すぐわかっちゃうんだなぁ!」
「無理矢理ダウングレードしてるから次の最新版が出るまでにはケチってねぇで買えよ」
「うん、明日朝イチで電気屋へ行くとしよう」

ドフラミンゴさんが事務所ちゃんの耳のあたりに触れると事務所ちゃんから小さな駆動音がして、瞼が持ち上がる。店長の趣味でかけてる眼鏡の奥で、スカイブルーの目が優しげに微笑む。

「はじめまして!」


はじめまして?


「ドフラミンゴさん」
「ン?初期化しちまうんだよ、こいつがバックアップ持ってるから大丈夫だ」

バックアップ?
そばに寄るとドフラミンゴさんはレジ台の上に置かれた店長のノートパソコンを真上から指で指してる。店長のノートパソコンは牛っぽくて豚っぽいちょっと変な偶蹄類のキャラクターだ。鞄からたまに顔が出ててビビる。事務所ちゃんと接続されていたのはドフラミンゴさんじゃなくてこちらの牛豚だったようだ。


「ほんとに」

事務所ちゃんはそこにいるの。
元に戻るの。
元ってなんだ。
事務所ちゃんはパソコンで、パソコンだから事務所ちゃんの中味は、記憶は、思いは、あっちいったりこっちいったり出来てしまうものなのか。


どういうことだ!!!


「困るんじゃなくて、寂しくて悲しいってやつか?」

わけわからんなってると、ドフラミンゴさんが少し首を倒しながら聞いてくる。

「うん」
「俺とどっちが悲しい?」


俺が壊れたら、とドフラミンゴさんは前に一度聞いてきたことがある。
事務所ちゃんとドフラミンゴさんでどちらか比べろというのか。あれ?なんでか比較できない感じがする。同じパソコンであるはずなのに。俺が答えられないでいるとドフラミンゴさんは急にフフフと大笑いして、お揃いっぽくなるから同じ日に履いてくれるなと言ったはずの白いパンツのポケットに、親指だけ引っ掛けるように入れて立っている重心を左脚から右脚にずらした。

「特別サービスだぜ」

繋ぎな、とドフラミンゴさんが店長に顎で指示する。こら!目上の人は敬いなさい!

勝手に何処かへアクセスしていた様子の牛豚ノートパソコンと事務所ちゃんとを、言われたとおりにケーブルで再度接続すると、事務所ちゃんがゆっくりと目を瞑って同じ速度で瞼を持ち上げる。瞳は水色の光が洪水していて緩やかに焦茶色に戻る。いつもの事務所ちゃんが、焦った顔になって頭をさげた。


「店長お疲れ様です!xxx君も!遅くまですいません!私のせいですね…!精算あげてわたし戸締りしておきます!」




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