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宇宙ぶっ飛んだって表現すればいいのだろうか。完全に新しい扉開けた。

一瞬のはずの射精感があんなに長時間持続してしかもそれが一分おきくらいで次々と波が来て、このままじゃ死んじゃうと思った。最後とか抑えられなくて声でた。
何度目かの限界の先に、前いじっていいぞって囁きが聞こえて、そんなことしたらって思ってる内にまた波が一度来てやっとその痙攣が治まるともう好奇心に躊躇しなかった。どこまでも持っていかれるのが怖くて左手を強く握るとやっぱり同じくらいの力加減で握り返された。心の底から男に生まれてよかったと思ったほどの、だった。銀河系が見えた。
強大すぎる余韻に呼吸もままならず溺れていると、組んだままの左手を少し持ち上げられて指先と左耳の後ろにキスされてやっと、何でも教えてくれる指先はそこからいなくなった。



なかなか眠れなかったくせに6時に目が覚めると、30センチくらいしかないベランダに出る窓が開いてるし、玄関の鍵が解錠されていた。
ひとつ靴が無い。

どうしてか、いつもと違う事はしちゃいけない事な気がするんだ。その先がわからない初めてする事は特に、まるで禁忌を犯したその代償がある気がして。でも確かにいつもと違う事をして。



「ドフラミンゴさん!」

玄関から飛び出すと、サングラスの男がアパートの錆だらけの階段を悠々と上ってきていた。階段下で屯してる3匹の猫が見向きもしないドフラミンゴさんににゃあにゃあ言ってる。

「どうした」

ポケットに入れた手の腕に、昨日の夜ベランダの手摺に干したはずの見慣れた黒い色の布が掛かっていたから事態はもう把握できていた。間違い無くその黒い布地には俺のバイト先の店の名前が見えないところに丁寧に刺繍されている。俺の名前も。

「いなく、なったかと」
「エプロンがすっ飛んでったからな」



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近くで誰かの話し声がする。カフェテリアだから当たり前か。

……ん?


「はは、起きた起きた」

絶対に休講しないことで有名な午後一の哲学が休講らしい。カウンターの隣にカガが座ってる。昨日の夜眠るどころじゃなくって全然寝付けなかったから、カフェテリアで麻婆丼食べた後に撃沈したんだった。今日の哲学とその後の映画論はカガと一緒だ。休講でも休講じゃなくても睡眠デーだ。
随分大人しくしてるなと思った反対の隣に座ってるドフラミンゴさんは、その奥に座ったニルちゃんにシャツの袖へ何か刺繍してもらっているようだった。最近お裁縫も出来るようになったそうだ。女の子だ。益々可愛い。眠る俺を飛び越えて3人が会話していたらしい。


「まぁた遅くまでサワ先生の課題やってんの?」
「そ、れは今日やる、嫌だぁ」

プレゼンの鬼だかんなサワ先生、と言うカガの前にはミネラルウォーターのボトルが一本置かれてる。寝不足の理由に一瞬ギクリとする。カガに嘘をつきたいわけじゃ無い。カガじゃなくてニルちゃんにこっそり聞いてみれば案外こっそり教えてくれるかもしれない。いや目を覚ませ。幼気な女の子にそんなことを聞く気か。

「今日ルフィは?渡したいもんあるんだけど」
「んん、どうかなぁ、木曜はルフィいないこと多いよ」

ルフィはエースの兄弟を作り始めたって言ってた。意味はよくわからなかったけどこの2台で天下取るとも言ってたから天下布武でも成し遂げるつもりかもしれない。だから今日も夢中で家に缶詰めの可能性がある。

「麦わらは今日一個も授業出てねぇな」

ドフラミンゴさんの袖の片方が仕上がったらしく、袖を窓からの光に透かすみたいにして出来上がりを眺めてる。白い袖に黒い糸が細かく模様を刻んでいる。

「xxxのパソコン時々、知ってちゃマズイことまで知ってるよな」

そうかなぁの相槌は声がひっくり返った。



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その週末に、よく行く古本屋の2階の中古屋で未開封のBicycleトランプが100円で売っていたのでドフラミンゴさんに買って帰った。チェス盤の時のようにまた喜んでくれるかと期待もあった。

「おみやげですよー」

靴を脱ぎながら今日はお留守番だったドフラミンゴさんに細微な模様の赤いスペードの柄の入ったカードの箱をわたす。受け取って、クルクルと回して手の中で箱が未開封の新品である事を確認しているようだった。口角を引き上げて俺の目の高さで伝統的な外箱の封印のシールを破いて箱を開けると、ローテーブルの俺の座る定位置を指した。

「フフフ、xxxそこ座れ」
「えっ、まじですか」

もしかして一つや二つ出来るのか!古本屋で買った数号前のファッジ2冊とリュックを放り出して乗り出し気味に座る。
一生曇る事は無い形の良い爪を揃えた長い指がカードを軽やかにシャッフルして、絶妙な力加減の右手がローテーブルのブラウンの天板の上にカードをアーチ状に滑らせた。

「一枚好きなの引け」

そう言いながらドフラミンゴさんも片膝を立ててゆったりと向かいに座る。いつも以上に笑みには余裕が含まれてる。美しく描かれたカードの弧を崩したくなかったけれど真ん中から一枚抜くと、やはり少し弧は歪になってしまった。自分のたった一枚だけの武器である手札を見えない様に両手で隠しながら絵柄を見る。53枚の中からこれを引き当てるとは。


「ジョーカーだろ」


得意げな声に、俺はドフラミンゴさんと手札をそれぞれ二度見した。

摩訶不思議透視能力に感動している俺が何か言うよりはやく、大きな手は手際良くカードのアーチを端から浚って纏めて、それを2つに分割しそれぞれの端をはじいて端同士を噛み合わせてひと山に戻した。血液が通ってないにしても、自信家の指はどうしてこんなに人の心を巧みに誘導し操ってしまうのか。それを片手で扇状に広げて好きなところに戻せと言うので、伏せて真ん中より少し右寄りに差し込んだ。まだ続くらしい!期待を込めて何ものをも見逃さないように見つめられた手元は、カードを滑らかにカットでシャッフルし再びローテーブル上に弧を描かせた。

「もう1回引け」

今度は左のかなり端の方からそっと一枚抜いて内側を見る。

既視感。


「今度もだ」


俺のパソコン世紀の大マジシャンだった。

「わあああすごいなんでなんでなんで!」
「フッフッフ!秘密だ」

ドフラミンゴさんの指がついと端のカードを弾くとカードが羽ばたいて、その波が反対側まで到達し全て表を向いた。スペードのエースから順に並んだ52人の陪審員が2度もジョーカーを選んで抜き取った俺をズラリと責めるように囲んでいる。すごいなんでどうやったの。

もう1回とはしゃぐ俺たちを自転車に乗ったキングが興味深そうな目で眺めている。
別に言う必要はない。人に発表するべき事でも無い。誰にでもある自分だけの秘密だから。




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