エリュシオン・ハッカーズ!!!


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05『……もっかい行ってみね?』



 携帯のアラームに急かされるでもなく、自然と目が覚めた。設定時間よりも早く目が覚めたのだろうか。春彦はのそりと布団から手を出して携帯の画面を見つめる。時刻は八時過ぎを指している。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!」
 がば、と勢い良く布団を弾き飛ばし、飛び起きた春彦は階段を駆け下りながら叫ぶ。
「起こしたわよ、何回も! あんた、夜も食べないで制服のまま寝たでしょ」
「うわ、皺が」
「もう……、いいから早く行かないと遅刻だよ遅刻!」
 皺がついてしまった制服を手でアイロンをかけるように伸ばそうとしたが、悪あがきに過ぎず、しまいには諦めて、母に急かされるまま家を飛び出た。
「行ってきます!」
 学校まで徒歩で二十分ほどかかるとして、走ったらどのくらいで着くだろうか。いつまで体力が保つだろうか。走りながら春彦は考えた。
 途中で体力が尽きることを考えると、緊張して妙に心拍数が上がり、家を出て間もないというのに既に疲れてしまった。

 走りももはや速歩きになり、学校の近くに差し掛かった頃。呑気にも歩いて登校中の衛吉に会った。もちろん他の生徒は見当たらない。
 スピードを落として衛吉と並ぶ。
 彼はまだ眠気も覚めやらぬ様子で、欠伸をしながら話しかけてきた。
「くああ……おあよ……」
「おはよう」
「お前も寝坊か?」
 衛吉は春彦の格好をまじまじと見ながら訊ねた。
「そんなところだ」
 それきり言葉は途切れた。
「……昨日のアレ、何だったんだろうな」
「さあ」
 しばらく。時間にして一分ほど経ってから、衛吉が疑問を口にする。春彦も短い相槌で返す。
 再び沈黙。
「センセー怒ってるかな……」
「当たり前だろ」
 ついに校門というとき、衛吉は面倒くさそうに呟いた。いきなり二人も遅刻をかましたのだ。あの温厚そうな担任教師でも流石に思うところはあるだろう。
 いや、それよりも、昇降口辺りにいる生徒指導の体育教師の方が、春彦は心配だった。
「怒られるときは、一緒に怒られようぜ」
 校門前で立ち止まって、衛吉が言う。
「死なば諸共、だ」
 二人の間に、奇妙な連帯感が生まれた。気がした。
「せめて一蓮托生って言ってくれよ」
「そんな言葉知ってたんだな、衛吉」
「うっせ! おら、行くぞ」
 軽口を挟み、少しだけ緊張感はおさまった。意を決して足を踏み出す。
「ほあようごあいまーす!」
 衛吉は元気な挨拶をした。よい挨拶だった。
「二日目から遅刻か!? 流石に一回目だし、お前らも言えばわかるだろうが、五回遅刻したら生徒指導だからな」
 体育教師は、驚いた様子だったが、特に怒っているようではなかった。
 春彦は密かに胸を撫で下ろす。
「はーい!」
「以後気をつけます……」
 衛吉は相変わらず、よい返事だった。
「早く教室行けよー」
 歩き出した二人の後ろでは、体育教師が大声を出しながら手を振っていた。

「鏑木ー。河辺ー。神木ー……は、遅刻か?」
 教室前では、担任の貴志が出欠をとっている声が聞こえた。独り言のような問いかけに、勢い良く教室のドアを開けて、春彦は答える。
「はい! 遅刻です!」
「……おお? ギリギリセーフ。いや、アウトだからな? 早く席付けよー」
 貴志は目をぱちぱちと瞬かせ、春彦の欄に容赦なく『遅刻』と書いた。
「すんません遅れましたっす!」
 続いて衛吉も教室に入ってきた。
「おいおい、いきなり二人も遅刻かよー? 勘弁してくれよー。次、久保田ー……」
 貴志も流石に呆れたようで、愚痴なのか注意なのかわからない言葉を吐いた。
 振り向いて、泉水が話しかけてくる。
「どうしたの、寝坊?」
 流石に昨日起こったことを言うわけにもいかないので、苦笑いで伏せておいた。
「ああ、ちょっと、疲れちゃって」
「……それで髪の毛が爆発してるんだ」
「えっ」
 慌てて、頭に手をやってみる。確かに、髪の毛がはねていた。流石に爆発とまではいかなかったが。
 必死に撫でつけてみるが効果はいまひとつのようだった。
 泉水がクスクス笑うので恥ずかしくなってきて、やめた。
「あとで鏡見てきたら?」
「……そうする」

 放課後、衛吉と春彦は男子トイレにいた。教室の前のベンチが楽そうだったのだが、何だか人に聞かれたらまずいような気がした。
 すっかり人のいなくなったトイレ内で、二人は昨日のことを振り返る。
「結局、昨日の……」
「わーってるって、みなまで言うな」
 春彦が口を開くが、衛吉が制した。
「ああ。衛吉の方は、何か変わりなかったか?」
 正直、自分に何もなかったため、衛吉にも特に変わったことはないと思うが。情報が圧倒的に不足している今、それくらいしか訊くことはなかった。
「や、俺は何もねえよ。つか、疲れて寝落ちしちまったし。多分、お前も同じだろ?」
「まあな。妙に疲れたというか、体が重くて」
 そう、あの後は確か、異常に体力を消耗していた。命の危機にあったのだから、仕方のないことなのかもしれないが、春彦はどうもあの空間に何かあるのではないかと思っている。
「あんなことがあったんだ、仕方ないっちゃないんだろうがよ。ま、とにかく夢じゃなかったってことは分かるな」
「あのシオンとかいう……、彼女が言ってたことがどうも気になるんだ」
 この世界を壊して、楽園に囚われた人を救ってほしいと、彼女は言っていた。春彦の責任感の強い性格からか、どうにも「俺たちは諦めて他の人を探してください」と言えるような気持ちにならなかった。
 ううん、と春彦が頭を抱えていたとき、思わぬ提案を衛吉がしてきた。
「……もっかい行ってみね?」
「気は確かか?」
 ほぼ反射的に返す。自分も死にかけたのに何を言っているんだこいつは。
「うっせ! いつも通りシラフだっつの!」
「それを言うなら正気じゃないのか? でもまあ、俺も気になるし……」
 あの世界で、戦う力があるのは春彦だけだった。衛吉を連れて行くのはいくら何でも危険すぎる。しかし、春彦もごく普通の高校生。一人で行くのは心細かったし、好奇心を抑えられなかった。
 この言葉を同意と捉えた衛吉が、トイレから出ていこうとする。
「おっしゃ、そうと決まれば行ってみようぜ!」
「いや待て」
 肩を掴んで彼を止める。気合は十分だが、今のままでは危険しかない。
「ンだよ、まだ何かあんのかよ!」
「また昨日みたいに突然襲われるかもしれないだろ。何か身を守る道具を持って行ったほうがいいんじゃないか」
「……そうか、そういえばそうだな。戦えるの、お前しかいないし。んじゃ、何か探しに行くか! 金属バットとかでいいだろ」
 それがいいだろう。金属バットなら入手もそこまで難しくないし、怪しまれても「野球少年です!」でなんとか誤魔化せそうだ。
 予定が決まったところで、二人は男子トイレを後にした。おそらく誰にも聞かれてはいない。
 ……はずだった。
「戦う……金属バット……? まさか、どこか殴り込みでも行くつもり!?」
 たまたま帰りが遅くなり、近くの女子トイレに行っていた泉水が、二人の会話の最後の部分を耳にしていた。
 人を見かけで判断してはいけないのだが、泉水には衛吉が騒ぎを起こすように思えてしまった。
 そのまま悪い方へと妄想を膨らませてしまった彼女は、世話焼きな性格が空回りしたのか、二人の後をこっそりつけていくことにした。


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