エリュシオン・ハッカーズ!!!


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04『こんなものは、人間に対する冒涜!』



「な、何が起こったんだ?」
 一部始終を見ていた衛吉が、当然の疑問を口に出す。襲ってきた男たちを全員倒したのは春彦だが、彼自身も何もわからないままに行動したため、微妙な笑みを浮かべて答えるしかなかった。
 両手に持っていた剣は、自然と消えていった。
「……俺にもよくわからない」
「しっかし、お前、すげーなー! 何かこう、ズババーってよ! 強えんだな、ゲームの主人公みたいだったぜ」
 こちらに歩み寄ってくる衛吉は、興奮して目を輝かせていた。
「なーなー、どうやったんだよー!」
 春彦がどうやって剣を出したのかが気になるらしく、ボディチェックよろしく身体をべたべたと触ってくる。流石に身体を触られるのは気分が良くないが、制止する前に何も分からないことが分かったのか、すぐに触ってくるのを止めた。
「しかし……振り出しに戻ったな」
 今、二人の周りにあるのは僅かばかりの建物と、どこまでも黒い世界、青白い文字のみ。
 命の危機を回避したとはいえ、ここから脱出する術は全く持って検討もつかないのだ。
「また、さっきみたいな奴ら来んのかな……あ、その時は神木、頼むぜ!」
 いつまた同じ状況になってもおかしくないことくらい、衛吉でも解ったらしい。
 ……なんだろう、ものすごく頼りにされている。
 春彦はよくするように曖昧な笑顔で返した。

「やはり貴方は、私が思ったとおりの方でした!」
 唐突に背後から声がする。この鈴を転がすような声の持ち主には、二人とも心当たりがない。
 驚いて二人揃って振り返れば、そこにいたのは、ぴったりとした近未来的な衣装を纏った少女だった。アンドロイドのような見た目をしている。背中に見える光った翼のような三対のラインや、何も履いていない足元は重力など知らぬと言うようにふわふわと浮いていた。彼女もホログラムらしいが、機動隊の格好をした男たちほどくっきりしておらず、所々が途切れたように透けている。
「……ああっ!」
 春彦は、少女の見覚えのある姿に驚愕の声を漏らす。メサイアのホームページに映っていた少女そのものだった。
 彼女が二人をこの世界へ連れてきたのか。
「急にこの世界へ連れてきてごめんなさい。でも、どうか助けてほしいの」
 疑問はすぐに解けた。だが、また新たな疑問が次々と浮かび上がってくる。
「君は誰だ、ここは一体何なんだ?」
「助けてって何をだよ!」
「ここから出る方法は? さっきの人たちは?」
「あの剣が出てきたのって何なんだ!?」
 衛吉と二人で質問攻めにする。少女は困ったような顔をした。
「ええと……順番に説明するね」
 少女曰く、こうだった。

 ――私はシオン。この世界を管理する人工知能AI 。幸福研究会メサイアは貴方たちも知っているはず。ここは彼らが作った世界、通常・楽園。電脳世界……と言ったら分かりやすいかな。きっと言っても解らないから、詳細は省くけど、ここではすべてがプログラムに制御されているの。現実の世界に絶望した人たちを送り込んで、すべてが思い通りになる、幸せな幻想を見せる世界……。
 でも、こんなものは、人間に対する冒涜! 向上心も、絶望に打ち勝つ強い心の力も何もない。楽園でも何でもない、ただの牢獄。だから、貴方たちに……強い心の力を持つ貴方たちに、この世界を壊して、楽園に囚われた人間を救ってほしいの。
「そんな……身勝手にも程があんだろうが!」
 私の我儘なのは分かってる。けど、こんなことで人間の進歩を止めたくない。希望をなくしたくない。
 貴方たちは、人類の希望になれるかもしれないの。

 希望と言われたことに悪い気はしなかった。だが、ただの一高校生に過ぎない二人には人類の希望など荷が重すぎる。
「悪いけど、俺たちにはできない」
「そうだよ。俺らはただ、帰る方法を探して……」
 二人がそう言うと、シオンは悲しそうな顔をした。彼女は人工知能だというのに、その姿は非常に人間らしく、二人は僅かな罪悪感を覚えた。
「この世界で戦う力は皆が皆持ってるわけじゃないの。やっと見つけた貴方を、私はいつまでも待ってる」
 そう言ってシオンは、ある一点を指差した。春彦の胸ポケット。携帯電話が入っているところだ。
 春彦は怪訝な顔をして、携帯電話を取り出す。画面には『ログアウト』と映っていた。
「それを押せば、元の世界に帰れるから」

 春彦がそっと画面をタップすると、急に視界が明るくなった。慌てて顔を上げると、そこはさっきまでいた牛丼屋の店内だった。相変わらず、ローディング娘の歌が流れている。客は自分たち以外にはいない。
「帰って……来たのか……」
 かなり長い時間あの場所にいた気がしたのに、時計を見ると、時間はほんの数十分しか経っていなかった。
「んお……!」
 席の向かいで気を失っていた衛吉も目を覚ました。
「はっ、あ、あれは夢か!? おい、スマホどうなってる?」
 衛吉の言葉に、春彦が携帯の画面を見ると、映っていたのはメサイアのホームページ。だが今までと明らかに違うのは、『ログイン』のボタンが追加されていたことだった。

 冷めきった牛丼を完食して、店を出た。変な体験をして疲れたのか、身体も瞼も重かった。うるさいくらいに元気なはずの衛吉も口数が少ない。
 二人は家まで、ほとんど言葉を交わさなかった。
 自室のベッドの上で、春彦はただ携帯を眺めていた。プリントの整理をしなければ、など考えることもなく、半ば意識を失うように眠りに落ちた。


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