エリュシオン・ハッカーズ!!!


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02『おい、何なんだよここ!』



「ラグビー部部員募集してまーす!」
「茶道部! 茶道部へどうぞ!」
「なあそこの新入生サッカーしない?」
「オカルト研究部」
「文芸部見てってください、兼部も大丈夫です」
「……こ、これは」
「予想以上……」
 校舎から出た春彦と衛吉は、部活動勧誘の洗礼を受けていた。渋谷のスクランブル交差点以上の人混みに揉まれに揉まれ、手やポケットにビラをねじ込まれた。特にラグビー部の押しの強さは、すごかった。人の少ない校門近くへ移動するのにかなりの苦労を要した。
「うえ……人酔いした気がする。もうマジ無理」
「酸素を……」
「演劇部、部員募集中です。よかったら見ていってください」
 昇降口から少し離れた人口密度の低い場所で演劇部と思わしき人達が呼び込みをしていた。他の部活も彼らを見習ってほしいものだと、春彦は心底思った。癖毛の優男風の青年が寄ってきて、人の良い笑顔で春彦と衛吉にビラを渡す。
「何だろう、オレ今……演劇部の株がナマズのぼりだ……入る予定はねーけど」
「それを言うならうなぎのぼり」
 ビラにはイラストや活動日の他に、春公演の日程が載っていた。二人は今まで受け取ったビラを全て鞄の中にしまうと、校門を出ていった。
「つかさ、勢いで来ちまったけど、お前電車? 徒歩?」
 春彦の家は学校から徒歩二十分圏内とそれなりに近くにあるため、歩きで来ていると伝えた。
「おーそうか、んじゃこっち方面?」
「そっち方面」
「マジで! オレもこっちなんだよー、行こうぜ」
 どうやら衛吉も同じ方から来ているらしく、二人は共に歩き出す。
「なあ神木、さっきの人女か? それとも男?」
「男だろ。声で分かる」
「……だよなあ。この学校なんかそういうとこややこしくね?」
 さっきの人とは、演劇部の優男だ。川絹高校の制服は、女子はスカートかスラックスかを選択でき、男女ともにネクタイかリボンタイかを選択できるため、服装での男女の見分けが難しい。その上彼は髪が肩に付きそうな長さだったし、リボンタイが少し女性的だったが、こちらにかけてきた声は間違いなく男のものだった。

「ふぇー、池田君バスケやってたんだぁ。なんかかっこいいかも!」
 ふと、曲がり角の先から、鼻にかかった猫なで声が聞こえてきた。一体どのような人がそんな喋り方をするのか、つい気になってしまう。二人は、こっそりと声の正体を見る。
 同じ学年の者のようだ。色素の薄いふわふわとした柔らかい髪に、ウサギの耳のようなリボンをしている。短いスカートとニーハイソックスの間の太腿が見える。所謂、絶対領域というものだ。彼女の隣には、彼女と同じクラスなのであろう背の高い男子がいた。男の方の顔立ちは悪くないが、ホストのような髪型からかなり軽薄そうに見える。
「……なあ、ちょっと可愛くね?」
「そうか? ちゃらい男だ」
「いやそっちじゃねえよ! 女子の方だよ!」
「リボンの方か」
 春彦たちが漫才まがいのことをしている間に、リボンの少女と、池田と呼ばれた少年は見えなくなっていった。
「はー、行っちまった……いや声かけるつもりもねえけどよ。オレらのクラスにも? ああいう? アイドルみたいな子が? いてくれたらなあぁぁ!」
「そういうものか?」
「そういうものなの!」
 春彦の脳内に、先ほどの少女の声が反響する。可愛らしいが、可愛さを意識しすぎているせいで女子受けが悪そうだ。変な噂が流れてこなければいいが。
 ――ピピピ。
 春彦の携帯が鳴った。立ち止って胸ポケットから携帯を取り出し、確認する。
「メールか?」
 通知からメールアプリを開く。送り主は不明。件名はなし。見たこともないアドレスだ。誰かのいたずらだろうか。
「おい神木?」
 春彦の様子を訝しんだ衛吉が肩を叩いてくる。
「あ、ううん。何でもない」
「迷惑メールじゃね? ウイルスとか詐欺とかだったらどうすんだよ。消しとけ消しとけ」
「そうする」
 メールの中身は見ずにゴミ箱へと送った。携帯を胸ポケットに戻して再び歩き出す。
「ごめん。急に立ち止って」
「いや、別に気にしてねえよ。それよりさ、お前は昼どうすんの? どっかで食ってかね?」
 衛吉の提案に、春彦は鞄の中をあさり財布を探す。あった。だが中身は少ないため安いところがいいだろう。
「いいよ。今金欠気味だけど」
「んじゃ三吉牛にすっか。美味いし安いし早いぜ!」
「三吉牛の回し者?」
「そこまでじゃねえよ」

 三吉牛丼屋に着いた。学校からそう離れていない。衛吉がよく来る店舗だそうだ。
 オーダーしてから数分後すぐに出された。確かに早い。
 二人揃って席につく。昼時だが他に客は来ていなかった。
 流れている音楽を聞いて衛吉が苦笑いを浮かべる。ローディング娘。というアイドルの曲だ。
「ここの店員、ロー娘。好きなんだよな。いつも流れてるし」
「いつもなのか」
 春彦は食べ始める前に携帯を見る。現代人の習性と言ってもいい行動だ。
 ……おかしい。
 消したはずのメールが、まだ受信箱に入っている。今度はちゃんとゴミ箱に入れた後、ゴミ箱を空にした。
 ――ピピピ。再び携帯が鳴る。
『sionさんがあなたを追加しました。』
「誰……」
「おん? 何か言ったか?」
 すでに牛丼を頬張る衛吉が問いかける。
「何でもない」
「また変なメールか?」
 メールの次はチャットアプリだ。春彦は知り合い以外に連絡先は教えない。追加用のコードも公開した覚えもなく、IDの検索も許可していない。気になった春彦はついに、チャットを開く。
『助けて』
 sionというアカウントはそう送ってきた。
『助けて』
 二度も同じことを言うな。ブロックボタンをタップしようと動かした指は、次のメッセージで止まった。
『神木春彦さん』
 目を見開き凍りつく。息を呑む。
「おい神木、どうしたんだよさっきから!」
 ずっと声をかけていたらしい衛吉がただならぬ雰囲気を感じ取って、春彦の手から携帯を奪った。
「誰だよこいつ。知り合い?」
「違う。こんな人知らない」
「イタズラか? お前の本名出てるし……」
「本当に知らないんだ。まだ誰にもアカウントは教えてない」
 sionはなおもメッセージを送ってくる。
『驚かせてごめんなさい』
『お願いします』
『私を助けて』
『どうか』
「誰か見てんのか!?」
 衛吉が焦って店内を見回す。店員はこちらの様子を見るどころか、こっくりこっくり船を漕ぎかけている。
「タチの悪いイタズラだろ。……あ、わり、携帯返すわ」
 我に返った衛吉が携帯を返す。
 sionから、今度はどこかのサイトのリンクが送られてくる。
『……messiah.com』
 春彦には見覚えのある文字列だった。
「メ、シ、ア……。……! メサイア!?」
「は? どうした急に?」
 春彦は、思わずリンクのサイトを開いた。数ヶ月前に見たままのホームページだが、急に画面が真っ黒になる。こんな挙動は見たことがない。
 次の瞬間、黒い画面に近未来的な衣装の少女が映る。そこで、春彦の意識は途切れた。

 目が覚めると、わけの分からない景色が広がっていた。一面が黒の世界に、青緑色の光る文字が0と1だけの暗号を作っている。所々現実的な建物や道路が見えるが、それらは脈絡もなく途切れていた。
 春彦は隣に横たわっている衛吉を見つけた。歩み寄って肩を揺らす。
「……衛吉。衛吉」
「ん……お、おう……寝てた?」
 ゆっくりと起き上がった衛吉が異様な景色を見て叫ぶ。
「はあ……お、おい、何なんだよここ!」


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