エリュシオン・ハッカーズ!!!


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01『お約束的な展開だ』



 入学式の日は、いつでも清々しいものだ。卒業の時期には咲き誇っていた桜の花が散る通学路を歩きながら春彦は、冷たい空気を肺一杯に吸い込む。辺りを見れば自分と同じ制服を着た――どちらかと言えば制服に着られている生徒たちが、親や友人と笑い合っている。中には不安そうな顔をした者もいた。
 春彦はふと、目の前で消えた友人のことを思い出した。受験も終わり、気持ちに余裕が生まれたからか、彼のことが度々頭を過るようになっていた。
 人が消えたこと自体がすでに不可解なことなのだが、この話にはさらに続きがあった。明るく友好的で友人が多く、初めのうちは成績も上位にあった彼のことを知っている人は多かった。だがあの日以来、誰も彼のことを話題に挙げなくなった。それだけではない。彼の名前を言っても、皆一様に「そんな人は知らない」と答えるのだ。まるで彼の存在ごと消えてしまったような感覚。しまいには春彦の頭がおかしくなったと周囲に言われる始末。自然と春彦がその友人の話をすることはなくなった。
「わっ」
「あ、すみません」
 物思いに耽っている間に、信号に突き当たっていたらしい。前に人がいたことにも気付かず、ぶつかってしまった。
「ううん、大丈夫。それよりも、その格好、君も 川絹かわぎぬ 高校の制服だよね。わたしもなんだ。一緒に行かない? 一人だと何だか、心細くて」
 同じ高校の制服を纏った中性的な少女がはにかみながら言う。春彦にとっては願ってもいない提案だった。このまま一人でいては変なことばかり考えてしまいそうで、そのうち事故にでも遭いそうだったから、春彦は二つ返事で承諾した。
 それにしても、同じ高校とは言えいきなりぶつかってきた知らない男に、一緒に登校しないかだなんて相当なお人好しではないのか。だがそう口に出す気は勿論ない。
「そこの交差点を左だよね」
「ああ」
 やがて大きな交差点に差し掛かる。左へ曲がって暫く歩けば、目的地の都立川絹高校はすぐに見えてきた。白い壁の新校舎が日の光を反射して眩しい。校門には『入学式』と大きく書かれた立看板があり、その前で写真を撮っている家族が何人かいた。春彦も少女も、そこで写真を撮るつもりはないので、そのまま真っ直ぐに校舎へと歩いていった。
 昇降口のドアには組分けの表が貼ってあった。どうやら体育館へ行く前に一度教室へ来いということらしい。かみき、はるひこ……と、指でなぞりながら名前を探す。名前はすぐに見つかった。四組の十二番。春彦が自分の名前を見つけるのとほぼ同時に、隣の少女が声を出す。
「あった。四組の十番だって」
 春彦は目を瞬かせて少女を見た後、表へと視線を移す。自分の二つ上には『鏑木泉水かぶらぎ・いずみ 』と書かれていた。
「まさか偶然ぶつかった人が同じクラスなんてね」
「お約束的な展開だ」
「本当に」
 泉水は楽しそうに、その大きな目を細めた。
「どうせだから、教室まで一緒に行こうか」
 春彦には勿論、断る理由はなかった。

「はいみんな席着いてー。えー、一年間このクラスの担任を務める、えー、貴志一洋きし・くにひろです。化学……バケガクのやつね。やってます。以後よろしく」
 教室についてから数十分後、クラス担任の教諭が入ってきた。背の高い、二十代くらいに見える若い男だ。飾り気のない髪型や服装と、黒縁の眼鏡はテンプレート的な"理系男子"だった。
 貴志は今日の予定を説明した。教室で何枚かの手紙を配った後、体育館で入学式を行い、再び教室へ戻り自己紹介をして解散だそうだ。
 クラス全員で、整列して体育館へと向かう。

 拍手で迎えられて、入学認定と呼名が終わってからは軽い拷問のようだった。学校長の話が非常に長く、眠気を誘うものであることは中学校と何ら変わりなかった。春彦は途中で船を漕いでは、隣の人に肩を叩かれた。
「続きまして、在校生代表による歓迎の挨拶です。渡辺晴明わたなべ・せいめい さん」
 呼ばれた生徒が起立する。その瞬間、新入生、主に女子の間でどよめきが起こった。中には、興奮を抑えきれず片手で顔を覆って、既に教室で意気投合したであろう隣の人の肩を物凄い速さで叩いている人もいる。某音楽ゲームのようだ。
 春彦は、壇上に上がった生徒の顔を見る。どこかで見たことがある。すぐにはっとした。彼はよくテレビに出ている、若手の芸能人だ。十五歳の頃にデビューし、現在ではわずか十七歳ながら、隙のない美貌と、クールで聡明なキャラクターが世の女性に大受けしたのだ。
 ――驚いた。こんな有名人がいたのか。
 彼を観察している間に、挨拶は終わった。その後のことは、春彦はあまりよく覚えていない。ただ退屈な話を聞いて教室まで流されるだけの工程に、有名なタレントが出てきた時以上の衝撃は一切無かった。

「びっくりしたね。まさかこんなところであんな人を見るなんて思わなかった」
 教室に着くなり、二つ前の席から後ろを向いた泉水に話し掛けられた。間に挟まれる形になった一つ前の女子は、左隣の人と話している。
「本物だった」
「本物だろうね」
 冷静な判断力を失いかけていた春彦が訳の分からない返事をしたが、泉水は真剣な表情で頷いた。
「びっくりしすぎて何言ってたかあんまり覚えてないや。これはきっと、放課後にファンが押し寄せるんだろうなあ……」
「対応に追われそうだ」
「本当」
「はい話一回止めてー。自己紹介の時間だぞー」
 生徒より遅れて戻ってきた担任が自己紹介カードを配りながら言った。
「全員分回った? 十分までに適当に埋めて。そしたら名前順でどんどん言っちゃって」
 春彦は回ってきたプリントを見る。名前を書く欄の他に、出身校や趣味、高校に入ってから頑張りたいことなどを書く欄があった。大体こんなものだろうと、予め答えを考えていたため、全て埋めるのには時間はかからないだろう。
 ふと、誰かが自分の机を叩くのを見た。顔を上げてみれば、右斜め前の席の、バンダナをした特徴的な男子が困った顔でこちらを見ているのが分かった。
「なあ、悪い、シャーペン貸してくんね? オレ、初日からやらかしてよ。筆箱忘れちったみたいで……」
 筆箱から予備のシャーペンを取り出して相手に渡すと、表情は先程と打って変わった明るいものとなった。
「マジでありがとう! マジで助かる!」
 何故か彼はたった二言の間に、マジでと二回言って、すぐにプリントを埋めにかかった。

「みんな大体書いた? まあ時間だからそろそろ始めるよ。一番の人からー」
 担任がそう言うと、一番の生徒が立ち上がり、名前と番号と、出身校と趣味を述べた。自分もこれに倣うべきだろう。同じことを考えていた次の生徒も、また同じように自己紹介をしていった。
「えっと、十番、鏑木泉水です。神奈川の越沼中学から来ました。趣味は……ポタリングかな? よろしくお願いします」
 泉水の発表が終わった。神奈川の中学校から東京の高校まで来ていたらしい。春彦はやっと、朝に彼女が一緒に登校したがった理由がわかった気がした。
 彼女が終わったらすぐに自分の番も回ってきた。
「十二番、神木春彦。櫻木中から来ました」
「マジで? オレも櫻木! もしかしてどっかで会ったことあったかな!」
 マジで、と二回言ったバンダナの少年が振り向いて話し掛けてきた。今は自己紹介中だ。
「……よろしくお願いします」
 とりあえず適当に終わらせた。周りの生徒たちも惰性で拍手をする。
 バンダナの少年の番が回ってきた。
「十六番、小西衛吉こにし・えいきち)……っす! 神木と同じで櫻木中から来ました! 趣味はバスケとかゲームとかその辺。よろしくお願いします!」
 声の大きい人だ、と春彦は思った。現に彼の声で意識が覚醒したであろう人達が何人からいた。衛吉はにっかりと笑っている。

 ホームルームが終わり、帰る準備をしていると、衛吉が寄ってきた。
「なあなあ神木ぃ、一緒に帰ろうぜ。同中のよしみでよう」
 春彦は泉水の方を気にかける。だが泉水は既に気の合う人を見つけたらしく、春彦に手を振ったあと、彼女達と共に帰っていった。春彦はその様子に少し安心した。
「分かった」
「おっしゃ! 一緒に部活動勧誘に人達にもみくちゃにされようぜー!」
「それは嫌だ」


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