君の隣で「いただきます」
私の料理のお師匠様、ジェリーさんは、いつでも、
「料理には愛よ!愛!」
といっている。だからジェリーさんが私を注意するときの口癖は、「愛が足りない」。
ジェリーさんを見続けてきて、私が思うに、愛とは集中だ。誰かのために、少しでもおいしい料理を、そう思いながら、食材やフライパンの温度、材料の大きさ、全てに気を遣って、その人がおいしいと思ってくれるものを一心に追求する。ジェリーさんが料理を作っている時はいつだって、ものすごい気迫で、一秒たりとも集中を切らさない。
「ここは戦争をやってんのよ。もし今日ご飯を食べに来た誰かが、もう二度と来なくなるかもしれない。それがまずい料理のせいだったら、あたしは教団も料理も一生やめるわ。」
休憩時間、一緒に日本のお茶をすすりながら、一度だけジェリーさんが哀愁を漂わせて私に語ったこの言葉は、私をひたすら悲しい気持ちにさせたのを覚えている。私が身をもって実感したのは、教団が襲撃されたときだった。それ以降、ジェリーさんは、私の料理が一段とうまくなったといってくれている。
それからジェリーさんは、私に、そろそろ料理を団員の人に出してもいいのではないかといってくれるようになり始めた。私が作った料理が、合格点をもらうようになったのだ。
嬉しくて、慌てて私はこのことを神田に伝えた。神田は一言、良かったなといってくれて、それから最初の料理は神田に食べてもらうという約束もした。
そしてそれが、今日、この日なのである。
「肉じゃがと、白米。」
神田の、料理を注文する声。
「なまえちゃーん!肉じゃがと白米よう!」
「はい!」
きた!、と私は元気よく返事をした。ジェリーさんは、いい返事だと笑う。
「今日は早めに休憩とりなさい。神田ちゃん、待っててくれるだろうしねん。」
料理と愛のお師匠、ジェリーさん。私の気持ちをよくわかっている。
「ありがとうございます、ジェリーさん!」
うふっ、と私に最後投げキッスをして、ジェリーさんは自分の料理へと集中しはじめた。
私は本当に嬉しくて、でも自分の気持ちが変な風に舞ってしまわないように気をつけながら、肉じゃがを作り始めた。
肉じゃがと白米ができると、私はすぐさまトレイに乗せて、受け取りカウンターで待っている神田に渡した。
「おまちど!」
ジェリーさんみたいに、おまちどーんというのはなんだか私の性格には合わないので、私はいつもこういって、みんなに手渡す。神田は歯切れがよくていいと言ってくれる。
「休憩早めにもらったから、しばらくしたら行くね。」
「ああ。」
「じゃあ、また。」
昼食時という超多忙な時間帯なので、長く話すことができず、私はすぐさま厨房に戻る。肉じゃが以外はまだジェリーさんに許されていないから、これからは私はひたすらに野菜の皮むきや材料を切ること、それからあとはパフェやアイスなどのデザートを作ることを行う。
厨房の中はいつも何かが焼ける音だとか、器具が何かと軽くぶつかる音だとか、包丁で何かを切る音だとかであふれている。
この空間と料理が、とても大好きだ。
「うっわ、めっずらしいさ!」
私はパフェを盛り付けている時、厨房にまで聞こえる大きな声がして、私は作っているパフェから顔を上げた。大きな声の持ち主はラビだ。ラビは神田のところで何か珍しがっている。そこには、アレンもいた。二人とも神田にあしらわれようとしているみたいだけど、何かが気になるのか神田に何かを話しかけている。
「なまえちゃんっ!」
「うあっ、すいません!」
なんだろう、と詳しく眺めようとしたらジェリーさんに喝を入れられてしまった。集中集中。私はパフェの盛り付けを完成させて、スプーンを指し、受付カウンターに持っていく。
「パフェおまちど!」
受け取りカウンターに誰もいなかったので、私は呼びかけるように声を張った。誰が頼んだのかを探すと、目の前からリナリーが現れる。
「リナリー!」
「驚かせちゃった?」
「少しね。」
私は苦笑して彼女にパフェを渡した。
「肉じゃがは、なまえの料理?」
「どうして知ってるの?」
「珍しく神田が食べてるから。」
リナリーは面白いことが起こりそうだとでも言いたげにふふんと笑った。
「あ、それでラビとアレンが・・・」
今ちょっと、自分で自分が馬鹿だと思った。たまに神田に試食とかしてもらってて、忘れかけていたけど、神田は毎食蕎麦だ。
他の食べ物を食べること自体、本来は物凄く珍しいことだった。
「パフェありがとなまえ。それじゃ、肉じゃがの秘密をばらしてくるね。」
リナリーはパフェを片手に、神田たちがいるテーブルへと向かっていく。
神田がんばって、と何に対する声援かわからないけど、私は神田に声援を送った。
動き回ったお昼時が過ぎて、食堂に来る人もまばらになってきた頃。いつもは三時までは休憩を取れないけどジェリーさんの計らいで、ずいぶんと早めに休憩をもらった。少し遅めのお昼ご飯として、神田に作った肉じゃがのあまりで簡単にオムレツを作り、跡片付けもしなくていいからとジェリーさんに押されて、エプロンや諸々を手早く外して、テーブルで一人待つ神田の元へ向かう。
「待っててくれてありがとうね。」
オムレツを置いて、私は神田の隣に座る。
「肉じゃが、うまかった。」
開口一番に、肉じゃがの感想を言ってくれる神田。
「あと、ジャガイモの味がよく染みてたな。」
いつも、一つだけ詳しく何かを言ってくれるところが、結構嬉しかったりする。本当に美味しかったのだという証拠みたいで。
「ありがとうね。」
私はそう言って、そっと神田に寄りかかった。私は本当に嬉しくて、神田に感謝していた。
私の料理の上達は、神田のおかげでもある。教団襲撃のとき、私は恐怖を感じるとともに、ようやく理解したのだ。神田がどれほど危険な場所にいるのかを。任務から帰ってきて、疲れたこと以外なにも私に悟らせない神田が、本当はどんなところにいるのか。今まで分かっていなかった。
神田を始めとした、全ての戦う人たちへ、幸せと生きるエネルギーを。
あの時そう決意してから、自分の料理がめきめき上達し始めた。やっぱり、ジェリーさんが言う通り私に足りないのは愛だったんだなって気がついた。
「ほら、お前も昼食え。」
「うん。」
神田に言われて、姿勢を正して私は食べ始める。私が神田にもたれかからない代わりに、神田が私の腰に手を回してくっついてくれる。
「それ、肉じゃがのあまりか?」
「そうだよ。あと、実はチーズ入り。」
「は?」
「美味しいんだよ肉じゃがとチーズ。」
私は一口、すくって、食べる?と聞く。神田が、あー、と口を開けた。さ、さすがにそれは人目というものがあって、
「じ、自分では食べれないんですか、」
思わず敬語で確認すると、
「別にいいだろ。」
神田がなんともないように言って、私の右手に自分の手を重ねて、自分の口へ持って行こうとする。きゃー、と思っていたら、自分の口にオムレツを持って行く前に、神田はそこで手を止めて、あー、とまた口を開ける。(その、あー、ってのあざといよね!)
「早く。」
ここでやめてもやめなくても、絵面的にもう遅いので、私は人目があることの恥ずかしさに耐えつつ、
「はい、あー、」
と神田にオムレツをあげる。神田はオムレツを口に入れる前に目を一度見開いて、それからオムレツの味にもう一度目を見開いた。
「うま、」
ぽろり、そんな感じで溢れた褒め言葉。本物の美味しいが聞けたっていう実感が強くて、心臓がきゅうっと歓喜に震える。思わずにやけて、止めようとしたけど中途半端になる。
「うまかった。」
改めて神田が言い直してくれて、私は気恥ずかしささえ覚えた。神田が私のこめかみにキスをしてくれて、私は嬉しかったけど、少しくすぐったく笑うだけで、あえて何も言わずにオムレツを食べる手を再開させる。無言で、神田は私が食べる様子を見て待っていてくれている。
神田の隣は落ち着くのだけれど、同時にほんの少しだけ浮き足立つ。私にとって一番美味しいご飯を食べる一時は、ほんのり甘酸っぱい熟れた果実の一時と一緒だ。
君の隣で「いただきます」
『うっわ、めっずらしいさ!』
『神田が、蕎麦じゃないの食べてる・・・明日は何が降るんでしょう。』
『散れ。飯が不味くなる。』
『はい?』
『まあまあ。でも本当珍しいな、ユウが蕎麦じゃないの食ってるなんて。これ肉じゃが?うまそうさ、一口くんね?』
『やらねぇよ、散れっつってんだろ。』
『どうして今日は肉じゃがを?』
『かんけーねぇだろ。』
『えー?聞こえなかった、神田、僕の耳は優しい言葉しか拾わないんです。』
『お前の耳は欠陥品だな。』
『むっかー。』
『私知ってるわよ。』
『あ、リナリー。』
『なまえが作ったんですって。』
『ああ、それで!』
『なんだ、隠すようなことでもないじゃないですか。』
『マジでお前らうざい。』
『俺も今日肉じゃがたーのもっ。』
『今日は、俺だけだ。』
『え?』
『今日は、なまえの肉じゃがは俺んだ、つってんだよ。絶対頼むな。』
『なまえが絡むと、神田って素直よね。』
『『うん。』』
『ほんとどっかいけよお前ら。』
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