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実は日常茶飯事

iPhoneに保存されている画像は、私の聖域である。何人たりとも覗き見ることなど許されぬ、そんな聖域。もちろんそれはバックアップもとってあるしわざわざアプリを入れて、鍵をかけてある。一人の時にむふむふとみるのが目的だ。

これらの画像は公式に入手したものがほとんどで、非公式に入手したものはそんなにない。というか非公式にやろうとしても、すぐに気づかれるからできないだけという理由からだったりする。
要するに何が言いたいのかというと、決して盗撮をしたわけではないということだ。
見せないけど、きっと見ればわかるだろう。大体の写真の被写体である彼はきちんとカメラの存在に気づいた写り方をしている。ほとんどが仏頂面だったり、嫌そうな顔をしている。たまに笑った顔で写ってるやつなんか最高だ。見せないけど。金払うと言われても見せないけど。
だから断じて、盗撮じゃないのだ。


「だってこのとき神田気づいてたよ、一回、目を開けて、私がカメラ向けてるの確認してまた寝てたんだから。」


「関係あるか。俺が覚えてねえなら盗撮に決まってんだろ。」


「盗撮じゃないんだって。」


どうしたら言いくるめることができるのかわからない私は、うう、と唸り地団駄を踏んだ。神田は私のiPhoneを片手にパスワードにトライしている。残念ながら私のiPhoneのパスワードは、間違えてもデータ消去にならないので、何度でもトライできてしまう。取り返そうとするけど、神田の片手のせいで地面から足が離せない状況である。

私たちが言い争っているのは神田の寝顔が盗撮か否か。一人でむふむふと眺めていたはずの写真がいつの間のか後ろから覗き込まれていて、私はとっさにiPhoneをロックしたけれど、神田に盗撮写真は許さないと言われ消されようとしている。


「ちっ、60分後。」


どうやらだいぶトライしすぎて60分後にならないと入力できなくなったようだ。 舌打ちした後ポケットに私のiPhoneを入れつつ60分後だと吐き捨てた。よっぽど写真を消したいらしい。すでにパソコンのバックアップを消されているので、後はiPhoneだけなのである。実はもう一つバックアップを取っているということ、iPhoneの中身の写真はパソコンに接続して消せばパスワードなどいらないということを神田は知らない。


「いい加減吐いたらどうだ。」


パスワードの番号である。ちなみに私のパスワードはカスタマイズして四桁以上入力できるようにしているので、私から聞き出さなければほとんど解除不可能である。


「教えませーん。」


つん、と私はそっぽを向いて見せた。


「なら、今度から添い寝禁止だな。」


「えっ、うそ!?」


「俺は本気だぜ?」


まさかまさかの神田からの添い寝禁止勧告に、私は目をむいた。
神田は意地悪そうに笑んでいる。


「う、うそだ、だってそんなの神田も耐えられないでしょ?」


同棲しているとはいえ、神田も私もとても忙しい身で、添い寝などのそういうささやかなふれあいが私たちの関係を支えているといっても過言ではない。神田と一緒に寝るということがどれだけ仕事帰りで疲れた体を癒すか知らないのだろうか、神田は。


「俺は別に構わねぇよ。」


意地悪だけれどすがすがしい笑みのまま神田は言う。それが本気だろうが演技だろうが、私には関係なくて。ただただこみあげてくる悲しさと寂しさと切なさで涙がせりあがってくる。こんなことくらいで泣いてしまったら面倒な女だと思われそうで、私は必至でこらえる。でもどうしようもなかった。


「・・・・いち、さん、ご、なな、きゅう・・・!」


「はっ?っておい、お前、」


「いちさんごぉ、なな、きゅう!」


私はiPhoneのパスワードを叫んで、神田に抱き着いた。


「添い寝しないの嫌だよ、神田は嫌じゃないの?」


「いや、悪かった。さっきのは冗談で、」


「添い寝しないの嫌?」


「ああ、俺も嫌だ。だから泣き止め。」


神田がぽんぽん、と私の背を撫でる。神田がもう片方の腕で私を抱きしめ、私の頭の上にキスを落とす。安心して泣き止めば、神田が体を少し離した。


「泣き虫、ほらこっちむけ。」


上を見上げると、神田が優し気に笑みを浮かべていた。神田が私の頬を包み、まだ乾いていない涙の跡を親指でぬぐう。それからゆっくりと顔を近づけて、私の唇へキスを落とした。目を閉じると、まだ残っていた涙のしずくがあふれて頬を流れていく。


「落ち着いたか。」


覗き込まれ、こくりと頷くと、神田が私の髪を手ですいた。


「よし、写真消すぞ。」


「ええっ!?」


急な流れの変化に私は驚いた。


「うそ、この流れでそれする普通!?」


「どっちにしろ消すのには変わりねぇだろ。」


「空気読めなさすぎるよ!?」


「うるせ、」


神田はポケットから私のiPhoneを取り出す。奪おうとする私を制し、携帯の画面に電源を入れた。


「ちっ、まだ55分も残ってやがる。」


まだ全然時間は経っていなかったようで、私は安心したけど、神田がもう一度自分のポケットに私のiPhoneをしまった。

私はあと55分以内に神田からなんとか奪いかえさなければいけないようだ。





(ねー、返してよー)

(嫌だ。)

(嫌だって、子供か!)

(お前に言われたかねぇよ。)

(なんで!?)

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