Short | ナノ


あのときの後悔

よく、あまのじゃくだとか見た目はいいのに可愛くないとか言われ続けて来た彼女にとって、俺のような存在は貴重だったと自負してる。
彼女と同等のあまのじゃくを発揮する俺は、彼女にとって唯一の理解者であっただろう。
なまえは俺が彼女の救世主だとでも勘違いしたのかもしれない。




俺はなまえが高校入学したての頃だっただろうか。そんなときに私塾を開いた。
こんな性格をしていて、人とうまく付き合えるのかと周りからは散々な言われようだったものの、今はそこそこいい線いっている。
当時、私塾を開いたばかりの一年目は、あまり人が集まらなかったが、二年目になるとその人数も少し増えて、だんだんと順調に進んでいくようになった。口コミでいろいろといい印象が広まったようだった。その口コミで、なまえはやってきた。

なまえは一見、人当たりも良く、周りとうまく付き合っている様子の極当たり前の女子高生と思われた(そこは俺と正反対である)。周囲にうまく溶け込んでいったように表向きは見えた。

成績が少しずつ上がり出し、塾内に仲の良い友達もでき始めた彼女を、俺は内心評価していた。彼女は具体的な進む道を、コロコロと変えながらも、自分の芯は絶対に曲げず、大まかな自己の道を確立していた。そういった周囲に流されない姿勢は俺には好印象であった。
ただ、長所と短所は表裏一体というように、彼女は芯がしっかりしていると言えば長所、頑固者あるいは意固地になりやすいと言えば短所という具合になった。
そしてその短所を核として、あまのじゃくだのなんだのというものが付随していた。

この短所は、まだ入りたてで己の身の内を晒せていなかった時期には見ることのできない面であり、俺も彼女のそういうところに気づいて対処したのは、塾内で噂になり始めてからだった。噂になり始めてから、というのが少し遅かったのかそれともギリギリ間に合ったのか、もしかすると早すぎたのかは、少しわからない。

彼女は、親しくなればなるほど、そういう風に己を晒し出すらしかった。これについていけなかった彼女の友達である塾生が、彼女に対する愚痴をこぼし始めたのがきっかけで噂が広まり出したようだ。

こんな人間関係のゴタゴタで塾を辞めるなど、なまえという人材や塾にとっては勿体無いことで、俺はなんとかして引き止めたかった。だから、相談にのることにした。

これが意外と功を奏した。

彼女は平気そうな顔だったけれど、俺に愚痴をこぼすことで(つまり弱音を吐く)それでいい方向に進んでいった。
俺と同じで屈折した彼女にとっては、愚痴やそれに類する言葉が酷い言葉の羅列であっても、それは酷い言葉ではなく、言うなれば自身すら自覚していない弱音や本音を表す言葉である。
例えば、彼女にとって『面倒だ』『嫌だ』という言葉の意味は恥ずかしいという意味に変換されがちだ。『別に』という言葉は酷い言葉のように見せかけるための修辞技法。『知らない』は本音を言わないための誤魔化しの言葉。
彼女は自覚していようといまいと、素直になることは恥ずかしいこと、もしくは忌避すべきことだと心でそう思ってしまっている。
俺も多少はわからなくもない感情だった。だからこそ、人に教える立場の人間として彼女のよき理解者たり得た。
彼女は俺に『先生みたいに私のことをわかってくれる友達がいたらいいのに』と、彼女らしからぬ素直な弱音を吐いた。そこまで人間関係で追い詰められていた彼女を、俺は教える人間としてどうにか支えねばと少なからず思ったのは否定できない。
しかし、俺と彼女はあまりにも打ち解けすぎてしまった。
きちんと、塾講師と塾生という関係のまま良好な関係を築けていればよかったのだ。

彼女が高校卒業を迎えると同時にこの塾と別れてから、もうそろそろ5年が経とうとしている。彼女は大学に進み、無事卒業もして今は立派な社会人となっている・・・はずだった。


しかし。

彼女は今、刑務所にいる。









彼女は、ストーカーで捕まった。

prev next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -