坊やが本当にほしかったもの
「やだ!やっぱ行かない!」
「ちょっと!!なにいってんのよあんた。」
「25歳なんて、20歳からしたらおばさんだって!」
「さば読めばいいでしょーー!!」
「誰がやるかそんなことーーーー!!」
私と友人はある居酒屋の前で私のバックを綱引きしていた(ああ・・・私のバック・・・)。
通りすがりの人たちから見ればそれはそれは異様な光景だろう。
店に行くか行かないかで私たちは必死の形相でがんばっているのだから。
私たちは合コン、というものに行こうとしていた。
25歳にもなって初めて合コンに行く私は店の前で怖気づいてしまったのである。
「人数たんないんだから来なくちゃだめよ!」
「で、でももともと私は参加するはずじゃ・・・!!」
「頼んだときOKしたのはどこのどいつよ!!」
「だましたくせに!!」
そういうと友人はそれに引け目を感じていたらしい。少しバッグを引く力が弱まったと思ったらそのままするりとバッグを持っていた手が抜けてしまった。
思い切り体を傾けていた私はそのまま後ろにずっこけ・・・るかと思いきや。
ぽすん、という音と同時に誰かにもたれかかるようにして倒れるのを防いだ。
「あ、あの、すみませ・・・・」
そういって、顔を上げるとそこには超イケメンな男三人集が視界一杯に広がった。
真ん中で一番視界を占めていたのは切れ長の目の、美しい顔立ちの男の人だった。
「っっ!!」
思わず、体を離そうと立ち上がる。しかしハイヒールを履いていたのでよろけてしまった。
また、ぽすんという音が聞こえ、支えられる。
「気をつけろ、」
「す、すみませんっ!!」
鼓膜を震わす甘い重低音にドキリとときめいた。
今度こそ、落ち着いてきちんとたつ。
そしてありがとうございますとペコリと頭を下げた。
と、ちょうどそのとき。
「ちょっと遅いよ!!」
友人がイケメン男三人集の一人、赤い髪の人に話しかけた。
「悪かったさ。」
「ま、いいんだけどね。この子がずっと店に入るの渋ってたから。」
友人はそういいながら私を彼らの前へと突き出す。私は前へつんのめるように出た。
「へぇ、かわいいさ。君名前なんていうんさ?いくつ?」
すかさず、値踏みされるように赤い髪の人に見つめられ、それから質問をされる。
「へっ・・・えっ・・・?」
私はわけが分からず目を泳がせた。
「ちょっとなまえ!この人合コンの相手の人たちよ。」
「え、うそ!!!」
相手が到着する前に逃げ出そうと思ってたのに・・・!!
そんな私の努力はここで水の泡となった。
「改めて、俺の名前はラビさ。」
「僕はアレンです。」
「・・・神田だ。」
「・・・・よ、よろしくお願いします。」
「よろしくね!!」
「よろしく!」
三対三の合コン。
私は一人、この波に乗っかることができずにいる。
開始して、まだ五分もたっていないのにもう居心地が悪い。
友人たちはそれぞれ一対一で話をしていた。
どうやってこの場を切り抜ければいいの!?と助けを求めるように周りを見ていたら。
「あ・・・・」
一人、詰まらなさそうに冷たい麦茶を飲んでいる姿が見えた。
麦茶・・・・か。
ついこの間、部屋の整理をしていて見つけたものがある。
それは麦茶の入った可愛い柄の水筒を手に持った男の子と中学生のころの私が一緒に移っている写真だった。
よく覚えている。あれはくれくれ坊やとの写真だ。
くれくれ坊やは腕組みした腕と自分の体との間に水筒を挟みこみカメラを不機嫌そうに睨んでいた。
いつもあんな顔だった。時折本当に小さく笑う顔なんかはレアなもので。
たまに、私にそんな顔を見せてくれた。
――――カラン、と手に持った氷が解けて音を立てた。
そういえば私もなんとなく麦茶を頼んでいたなといまさらながら意識する。
キンキンに冷えた麦茶を一口、口に含んで、まだ来て五分もたっていないのに疲れを感じて一つため息をついた。
先ほどカランと音を立てた氷を見つめる。
くれくれ坊やは、小学校5年生のときに引っ越していった。
引っ越すと聞き、そのときの私は酷く動揺した。
毎日麦茶をあげてそして遊んだあのくれくれ坊やが突然いなくなると聞き、きゅうっと胸が苦しくなった。
そんな不思議な感情に私は見てみぬ振りをしながら私は彼を送った。
いつの間にかそんな感情は忘れ去って、私は今の歳になるまでいろいろな感情を味わってきた。
ただ、あのときの感情だけは味わえなかった。
「・・・・水滴、たれてるぞ。」
「・・・・へっ?」
しばらくぼーっとしていたのか。
そういわれて顔を上げて見れば席を移動しこちらへやってきた神田と名乗ったイケメンな男は私から麦茶の入ったガラスのコップを取り上げるとテーブルへと置いた。
たれているといわれ見てみてば手には手首からひじにかけて水が垂れ、そしてそのひじから今日はいてきたタイトスカートに水がぽたりぽたりと垂れていた。
そしてコップからも水が垂れていたようで膝に冷たい水が落ちスカートの端がその水を吸っていた。
あ・・・、と声が漏れて、バッグの中からハンカチを取り出そうとしたらその前に隣に微妙な距離を保ち座っていた神田という彼がその前にハンカチを差し出していた。
「神田さん、ありがとう、ございます・・・・」
素直に受け取り、手首からひじにかけて垂れた水を拭う。同様に膝に落ちた水滴も拭った。
そしてそのハンカチはパッと取り上げられ、彼のポケットの中へと収まっていた。
あ・・・・、とまた小さく声が漏れる。
どうすれば、いいのだろうかと視線をさまよわせるうちに神田さんと目が合っていた。
「・・・え、と・・・あの・・・」
綺麗な黒い瞳に吸い込まれる。その黒い瞳は以前どこかで見たようなもので、そしてその容姿もどこか見たことがある気がして。
視線をそらし、目を泳がせて気づいた。――――そうだ、この顔は。
道理で見たことがあるはずだ。
長く伸ばしてある髪は高い位置で止められ先の先まで艶があり綺麗だ。それは肩の上辺りまでしかまだ伸びていなかったあの髪の毛の先を思い出させる。
「一つ・・・訊いてもいいですか・・・?」
私はまずハンカチを貸してくれたことにお礼を言うべきであるのにその前に違うことを聞いていた。
その切れ長な目は鋭くきつい印象を与えるけれど私の中では照れているようにしか見えなかったのを思い出す。
「ああ。・・・・なんだ。」
そうはっきりと言う声からはまだ声が高かったころを思い出させてくれた。
そして決定打はあの麦茶だ。あの子は、麦茶・・・・もだがお茶が大好きだった。そして蕎麦も。
「・・・・・"くれくれ坊や"って言葉、知っていますか。」
探るように、見つめる。彼を見上げる形となった。
神田さんはその私の言葉に目を見開いてから静かにうなずいた。
「・・・・知ってる。」
思わず私は腰を浮かせ、神田さんのほうへ体を近づける。やっぱり、やっぱりやっぱりやっぱり!!!
あまりの私の勢いに押されたのか彼は少し身を引いた。
「お、ひさ、ひさし、ぶりっ、です!」
一生懸命そういうとなぜだか鼻で笑われた。
「なんだか分からないけどこんなところで会えるなんて奇跡!」
「目を輝かせるところは相変わらずだな。」
「お、覚えててくれたんですか?あのときの神田さんは可愛かったなぁー!!」
「男に可愛いとか言ってんじゃねぇよ。」
「前もそんな風に返されましたよ。」
神田さんにも変わってないところがあるんだという意味を込めてそういえば少しむすっとされた。
「麦茶とか、お茶とかまだ好きなんですか?」
「始めて茶を飲んだときからずっと好きだ。蕎麦も自分で作れるようになった。」
「わぁ、すごい!・・・・もしかして、三食全部蕎麦とかにしてますか?」
「・・・・なんで分かった。」
「あのときの神田さんは好きなもの一筋だったから。・・・蕎麦とか、特に。
私、麦茶くれって言われて毎日のようにあげてましたよね!
だから"くれくれ坊や"って私呼ぶようになったんです。」
もう本当に今会えてよかったーー!!
と彼の手を思わず握れば。
彼は一瞬目を泳がせ、私の両手に包まれた手をこわばらせた。
「あ、ごめんなさい!!」
思わずぱっと、離したら今度は神田さんのほうから離した手を握った。
ドキリとすると同時に、「え」という声が漏れる。
思わず目を合わせたら真剣な表情の神田さんがいてまたドキリとときめいた。
「・・・・そのくれくれ坊やの俺が、麦茶のほかにほしいものがあるといったら、」
急に真剣になった神田さんに不覚にも顔がじわりじわりと熱を上げる。
握られた手が熱い。そしてその瞳も、熱い。
「俺のほしいものを、くれるか・・・?」
きっぱりと物事を言う神田さんはそこにはいなかった。
ただ瞳を揺らすその姿はどこからどう見ても不安そうだった。
私は、何をとは訊かなかった。なんとなく、分かったからだ。
そしてそれは私も求めていたことで。
だから何をとは訊かずに、こういった。
「・・・・いいですよ。」
坊やが本当にほしかったもの
(・・・・んで、うまくいったんさ?)
(・・・・・・・)
(そのむくれ具合からするとうまくいったみたいさね。)
(僕たちに感謝してくださいよ。)
(はっ、誰がテメェらなんかに感謝するか)
(誰のおかげでめぐり合えたと思ってるんですか?)
(・・・・・・)
perv next