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掴みそこねた恋心

「ねえ、竜ちゃん。」


進路希望調査、と控えめに印刷された紙をピラピラと太陽に透かしたり、目を近づけてみたり、訳もないことをしながら隣で頬杖をつく竜ちゃんを呼ぶ。


「なんや。」


と、ちょっと気だるげに竜ちゃんが答えた。頬杖をついていた手が今度は後頭部をがしがしとかく。


「進路きめたー?」


「いや・・・迷うとる。」


「そっかぁ。」


竜ちゃんはもどかしそうにため息をついた。

明蛇宗の座主の血統の竜ちゃんと、京都出張所で働くお父さんがいるわたし。

小学校中学校は9年間ずっと同じクラス、近い出席番号と腐れ縁のように何かと関わることが多かった私達。腐れ縁でもさすがに高校は離れるなあとぼんやり思う。

迷い中の竜ちゃんの髪をくるくると遊ぶ。

その間も竜ちゃんは唸って唸って、これでもかってくらい唸って。わたしはそれを見て、何も声をかけてあげられないから無意味なことをし続けた。


「そういうお前こそ、決まったんか。」


少し苛立たしげな竜ちゃんは、つりあがった目でちらと振り向く。わたしは少しだけ目を合わせてうなずいた。


「決まったよ。いつもは最後まで決めきれないんだけど。今回はね。」


ふふふ、と笑みを漏らせば眉間によるしわ。それ、やめたほうがいいのにって言うけれどなかなかなおらない。


「・・・どこにするん。」


「すぐそこの高校。」


私の揺らぎない静かな答えに竜ちゃんが目を開く。


「正十字学園やないんか?」


「祓魔塾いって祓魔師にはなる。けど正十字学園にはいかない。」


最近、お母さんがずっと体調が悪かった。あまりに苦しそうで病院に行ったら病気が見つかった。

治るのには長くかかる病気で、苦しそうな姿を見るのは辛いけど、離れている間にもしものことがあったらと思うとそっちのほうが辛い。だから病気が治るまで一緒にいたいと思った。

お父さんに相談したら、きついかもしれないけど、とこの方法を教えてくれたのだ。なんでも、祓魔塾とつながる鍵というものがあってそれを使えばここからでも通えるそうだ。


「そうか・・・」


と、竜ちゃんはため息をついた。

竜ちゃんはいろいろ悩んでいるんだと思う。竜ちゃんは、小さい頃から揺るぎない信念をもっていた。サタンを倒したい。小学校の時にそういっていた真っ直ぐな瞳は今も変わらない。

それでも、笑われたり、貶されたりするのはきっと嫌なはずだ。もし正十字学園に行きたいと竜ちゃんのお母さんお父さんにいった時には、理由なんて適当にごまかせるはずなのに馬鹿正直に全部さらしてしまうのだ。さすがに竜ちゃんのお母さんお父さんは笑ったり貶したりはしないけど、きっと無理だと言うのだろう。


「竜ちゃんは、どこに行きたいの?」


「・・・正十字学園。」


どこに行きたいのかと聞くと案外すんなりと答えてくれた。迷い中だなんてたぶん嘘。どうやって話を切り出すかを悩んでいるんだ。

そんな竜ちゃんに笑いかける。

「なら、たくさん勉強しないとね。お金のことは迷惑かけられないし。」


そういうと竜ちゃんは急に振り返った。


「だから、迷い中やって、」


「大丈夫だと思うよ。」


竜ちゃんの否定的な言葉を聞きたくなくて言葉を遮った。

私は、笑顔を絶やさずに竜ちゃんに言う。


「竜ちゃんのいつも真っ直ぐな気持ち、届くよきっと。反対されても、押し通しちゃえばいいじゃない。だって竜ちゃんの進みたい道は竜ちゃんが決めるんだもん。」


そっと、背中を押せたらいい。ほんの少しだけ勇気を持ってくれたらいい。

ほんの少し何かを分け与えるよういいまだ迷う瞳にエールを送る。頑張って。きっと大丈夫。にっこりと笑顔を見せたら、竜ちゃんの瞳も顔つきも、さあ、と変わった。


「・・・なまえ。」


「なに?竜ちゃん。」


「ありがとおな。」


「ふふ、どういたしまして。」


届いたエールが、優しい響きを伴って帰ってくる。すうっと、背筋の伸びた竜ちゃんの心が瞳に力強い光を見せてくれた。

これからも私はこうやって竜ちゃんの背中を押す存在であれればいいとおもった。

竜ちゃんは学校よりもエクソシストになる途中であれこれ考えてな悩んで立ち止まる時があるだろう。だから私が先へすすめるように後から竜ちゃんを叱咤するのだ。

こんな関係がずっと続けばいいと思う。本物の友達って、こんな関係なんだと思う。

ぶつかって喧嘩しても最後は温かい関係に戻る。そんな私達でいたい。


「竜ちゃん、お互い頑張ろうね!」


思わず髪をちょこっと掴んでいた手に力がこもって、竜ちゃんが痛いと私を怒った。






(竜ちゃん、高校は離れるけど、私達ずっと友達だよね!)


(おん、もちろんや。)




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