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災い転じて福となす。

「あんた、また怪我したん。」


「おん、名誉の負傷や。」


そういって金造は左肩の傷を自慢げに見せた。

金造が私のところにやってくるたび、女共からひそかに黄色い歓声が上がる。

どうやら柔造さんが結婚するせいで、兄に似ている金造が今度はモテ期となったらしい。

今までは金造よりも柔造さんのほうが魅力的過ぎて、周りの女性陣はすべて柔造に目が行っていた。しかし柔造さんが結婚すると聞き、絶望した女性たちが今度は恋焦がれる相手を金造に設定したようだ。


医工騎士である私はよく金造の怪我の手当てをする。幼馴染ということもあり私に頼むのが一番気楽なのだろう。金造の手当ては少しくらい荒っぽくったって平気なので私も気を張らなくていい。


「手当て、頼むわ。」


「はいはい。」


どかり、私の前に座った金造は早速服を脱ぎ始める。またひそかに黄色い歓声が上がり、なぜかこのときばかりはイラついた。

怪我をしたのは左肩だった。悪魔に切りつけられたらしい。その傷は首から数センチの所であと少し右だったらと思うとゾッとした。

明蛇明蛇とそのことばかりに気を取られて、誇りとかばっかり優先してしまう金造に腹がたつ。


「やっぱり、ナマエの手当ては早いし丁寧やな。」


しかしいくら腹が立っていても傷の手当は怠らない。綿に聖水で作られた消毒液を染みこませ傷口に押し当てていく。


「・・・そないなこと言って、説教させない気なんやろ。」


金造の褒め言葉に、素直に喜べばいいのに、私はそれができない。金造は、私のいつものひねくれ具合にため息を吐く。そのため息を聞くと、胸のあたりがきゅっと締め付けられる。


「お前はいっつもそうやな。俺は、素直に褒めとるんやで?」


「私の治療なんて雑や。ほかの医工騎士のとこ行ってみ、丁寧にやってくれるし、愛想もええよ。」


「ちゃーんと、検証済みや。お前が一番腕がええ。」


「・・・褒めても何も出てこおへんよ。」


「別になにも期待しとらんわ。」


消毒をして、包帯を巻き始める。

僅かに触れ合う体に柄にもなく動悸がする。この心臓の音が気づかれませんようにと祈るしかない。でも、この動悸とその意味に気づいて欲しいと思う自分もいるのだ。

矛盾した気持ちを抱えながら包帯を巻いていく。


「っ・・・」


その揺れ動く気持ちが手当に現れたのか、金造が何かこらえるような声を漏らす。


「金造、どうしたん。」


「いや、なんでもない。」


「言え。」


声を低くし、いわないと締め付けてやるぞという意味を込めて少し包帯を巻く手に力を込める。すると金造は少し顔を赤くして言った。


「・・・胸。」


「・・・は?」


予想外の返答に私はしばし固まった。ようやく出した声は"は"というたった一文字と、クエスチョンマーク。


「なに、あんた胸も怪我しとるん?」


「ち、違うわ!お、お前の胸が当たってもーて、それでっ・・・」


私の的外れな質問に金造が思わず口を滑らせた。ぴしりとその場の空気も、私も、金造も固まる。

ほんの一ミリも動けそうにない雰囲気がその場を占める。

それを崩壊させたのは私だった。


「・・・・あ、あんたっ・・・何言うてんの!?このエロ魔人がああああ!!」


「廉造みたく言うな!」


「だってそうやないの!?胸当たって顔赤くしてたん!?気持ち悪っ!!!」


口元に手をあて、私は後ずさった。中学の頃、廉造のあだ名を無意識のうちに使っていた。まさか金造がそんな奴だとは思わなかった。

金造が赤い顔のまま必死の形相で弁解しようとする。


「しょうがないやろ!男なんやし!」


「そんなことあらへん!坊や子猫は女の胸があたっても、顔赤くしたりせんわ!」


「あんなぁ、好きな女の胸なんぞがあたったら誰だって、」


「あんたが廉造よりもドスケベだってことがよお・・・って・・・は?」


金造の弁解内容をさえぎり罵りの言葉をぶつけようとした私は、一拍遅れて内容を理解しまた固まった。

頭の処理能力が追いつかず、何度も金造の言葉が頭の中でエコーし、そのたびに冷静な自分が欠けていく。みるみる顔が熱くなっていくのが分かった。


「な、な、な・・・!!」


あまりの驚きに言葉が出ない私は、口をぱくぱくさせながら、尻餅ついた。

金造が赤い顔をして、右手でガシガシと頭を掻き、ひとつ息を吐く。


「――――なまえ。」


胡坐をかいた膝に両手を腕を伸ばしてしっかり置いた金造は驚きに声を発することができない私をまっすぐ見つめると言った。


「好きや。俺と・・・付きおうてくれ。」


その言葉を聞いた瞬間、涙がぼろぼろとこぼれた。


「えっ・・・お、おい!」


金造があわてて私の肩に手を置く。その手が温かくて、私はさらに泣いた。


「な、泣くなや・・・」


おろおろしている金造がなんとか私を落ち着かせようと体を近づけてぽんぽんと背をたたく。

私は金造が怪我をしたことも忘れて、大泣きで金造に抱きついた。


「い゛っ!!?」


金造の痛がる声も無視して、ぎゅうぎゅうと力を込める。

胸板に顔をうずめ漏れる嗚咽を抑えながら、心の中は嬉しさと、愛しさでいっぱいだった。

今すぐ金造に伝えたい。―――震える声で、言葉を紡ぐ。


「好きっ・・・!大好き・・・!」


「っ!」


思いの丈をすべて金造にぶつけたら、金造は固まった。

それから急に体を離され、至近距離で金造と向き合う形になる。

まだ目にたまっていた涙が零れ落ち、それを金造が優しく指で拭う。

そのまま金造は私の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけた。私も目を瞑って金造の膝に手を置く。

互いに少し首を傾げて、ゆっくりと唇を重ねた。


私の涙で少ししょっぱいキスは、私のファーストキスだった。





(金造、大好き。)


(・・・やっと、素直になったな。)




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