▼ 29 pieces
甘く情熱的なはずだった。僕達の抱擁はそうであるべきだった。実際は、一人では悲しみを抱えきれず、崩れ落ちそうになった体をお互いに支え合うかのような抱擁だった。
大佐から教えてもらったホテルへと向かい、エドたちの部屋のドアをノックすると、無人でしかもドアが開いたので、ちょっとした用事で出かけているのだろうと思い、ウィンリィの部屋を訪ねることにしたのだ。
「や。」
出かける支度を終えたばかりの様子のウィンリィは、泣きはらした目をしていて、僕は準備していた笑顔をゆがめた。
「・・・何かあった?」
と問うと、ウィンリィは僕を部屋へと招き入れて、それから新聞を僕に見せた。
『マリア・ロス少尉を、先月のマース・ヒューズ准将殺害事件の犯人と断定。』そう書かれた記事に僕は手の震えが抑えられない。
「ヒューズさんが・・・」
ウィンリィの震える声が僕の感情のトリガーとなって、思わず手が伸びた。新聞紙を放り投げて彼女を抱きしめる。先ほど泣きはらした顔をしていた彼女が、僕の胸の中で泣き始める。彼女を慰めたかったわけではない。どうしても悲しくて怖くて不安で、ウィンリィのぬくもりがほしかったのだ。彼女の肩口を少し濡らしてしまったけれど、それに気が付いたのは、僕がきちんと落ち着いてからだった。
「・・・どこか、行く予定でもあったの?」
落ち着いたけれど、抱きしめるのはやめられず、僕は彼女の耳元で尋ねた。
「ヒューズさんの家に、行こうと思ってたの。」
「・・・僕も行くよ。」
僕だってそれなりにヒューズ中佐とは交流があったし、ウィンリィを一人にしたくなかったので申し出た。
僕は力なく歩き出すウィンリィの手を取る。一度こちらを見上げるウィンリィに僕は笑いかけてみる。
「・・・大丈夫そうに見えなかったから。」
手を握った理由を彼女に伝えると、彼女は僕の頬に手を伸ばして、悲しそうにほほ笑んだ。
「無理して、笑わなくてもいいのに。」
僕の悲しみをいやそうと自分も無理しているくせに、ウィンリィがほほ笑むので、彼女に僕の泣き顔を見せてしまいそうだった。
*
憎まれっ子世に憚る。
ヒューズさんはうざいくらい家族の話をして、多くの人に被害を与える(僕もそのうちの一人)けれど、彼が彼の家族と同じくらい周りの人を気にかけて支える言葉を伝えてくれるとても優しい人だから、きっとこんなにも早く逝ってしまったのだろう。
彼は軍人で、時に命を奪う人であったけれど、その分生きる人を支えようとする人だった。
「エドたちが迎えに来てくれるなら、僕はここでお暇するよ。エドたちに、よろしく頼む。」
「・・・」
わずかにうなずいただろうかというくらいのウィンリィの首の上下をしっかりと見届けて、僕はヒューズ家をお暇した。
「・・・グレイシアさん。あの・・・本当に、お悔やみ申し上げます。」
僕はヒューズさんが殺害されてしまった理由に一つ心当たりがあったけれど、どうしても言い出せずに玄関をくぐった。彼女には真実を知る権利があるということはわかっていたけれど、彼女を危険にさらしたくなくないという思いもあって、結局は思いを優先させた。無知であることほど残酷なことはないとわかっていながら、自分のエゴを大切にした。
「ケイトさん、気遣ってくれてありがとう。」
グレイシアさんは優し気に僕を見つめ、見送ってくれた。
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