cold body/hot heart | ナノ

▽ 笑顔2


娟は修練場で神田を待っていた。
一度アルトに怒りをぶつけて森に飛び出したときの神田の言葉が、娟を後押ししてくれた。そのお礼をするためだ。
もし神田がいなかったら、きっと娟はアルトにもう一度会いに行こうと思わず、ひょっとするとずっとアルトとの関係に亀裂が入っていたかもしれない。

「あっ、神田さん」

対して待つことなく神田は修練場にやってきた。娟は初めて、自分から神田に声をかけた。
神田は娟の姿を見ると目を見開いた。

「アルトと仲直りができました。神田さんのおかげです。ありがとうございました!」

少しばかり緊張して上気した頬で、娟は神田に一生懸命お礼を言う。平時より幾分か声が上ずっていた。
神田はいよいよ目を点にしていた。

「…………」

まるで奇妙なものでも見たようだと表現するようにゆがんだ顔が神田に浮き上がった。
娟はそれを無視するように頭を下げる。神田から何か返事が返ってくるなど元々期待していない。娟の変化に驚くのも、予想済みである。

「あの、それだけ、です」

娟は神田にもう一度深いお辞儀を手早く済ませて、そそくさと修練場をでた。
娟は小さく拳を握り締める。嬉しさをかみ締めていた。
いつも助けてもらっている神田に娟は尊敬を抱いていた。萎縮するだけで神田から言葉をかけてもらうのを待っていた娟は、自分から言えたことがとてつもなく嬉しかったのだ。
自分がまた一つ前にすすめたようなそんな気がしていた。

「おい待て」

修練場を出た娟を、神田が追いかけてきた。
振り返って、娟は首をかしげる。神田は少しばかり居心地が悪そうに首の後ろに手を伸ばしている。

「……任務だ」

娟は目を見開く。
またもや、娟と神田が修練場で任務を受け取ったのだ。二度あることは三度ある、とはこのことである。
神田が罰が悪そうに目をそらしているのは、きっと今までのも偶然だったということに気がついたからだろう。娟が今まで、口下手すぎて任務があることをいえなかったと神田は考えていて、今初めてそうではないと気がついたのだ。申し訳ない、と思ってくれているのだろうか。

「分かりました」

娟は気にせずうなずいた。神田は眉間にシワを寄せて不機嫌そうになる。娟が指摘しないのでますます苦々しい気分になってしまったのだろうか。

「……ふふ」

娟はいつのまにか笑っていた。
ぎょっとしたように神田が娟を凝視する。
娟はその時、自分が今まで一度も声をだして笑ったことがなかったのに気づいた。
イノセンス制御具も持たず、大きな声を出せばアルトにも自分の声が影響してしまうと思っていたときには、微笑んだりはしても、娟は声をあげて笑ったことは無かった。

「……よかった」

娟がぽつりとつぶやくと、平常に戻った顔で神田が娟を見つめる。どういう意味か、その視線だけで問いかけていた。

「……教団に来てよかったって、思って」

教団に来てから自分の成長を促してくれた出来事や出会いを思い出しながら娟は言葉を付け加えてもう一度言った。ついはにかむ。
村にいたときは、ただ一人アルトが寄り添ってくれるだけでも幸せだった。村人から嫌われていてもいい、アルトは分かってくれるのだから、それに満足してつつましく生きていこう、これ以上の幸せは無い、そう思っていた。
けれど教団での幸せはその上限を塗り替えた。教団では皆が娟を受け入れてくれる。エクソシストとしての娟の働きを労ってくれる。娟を助けてくれる。
その助けのおかげで前向きに成長することができた。そして、初めて娟は声をあげて笑えた。
アルトと一緒に、村の外に踏み出してよかった。

「そうか」

娟には、神田の相槌がそっけなくも温かく聞こえた。

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