▽ 回復2
一時間後、娟はげっそりやつれた様子で怪しげな機械類の置いてあった部屋を出ることになった。
「・・・」
「・・・なんだ。」
「・・・なんでも無いです。」
「ならこっち見んな。」
「・・・」
結局、彼女の耳たぶでは群青色のイヤリングが生き生きと光を反射させていた。
一時間ほど前、イノセンスを発動させようとした娟の行為は空振りに終わった。神田の手は凍りつきはせず、むしろ娟の掌にあるわずかな体温に温められただけだった。驚く彼女を余所にコムイ遠慮なく麻酔を打った。その麻酔によって朦朧として来た意識の中で、娟は敗北感と絶望感に見舞われた。
「普通、抵抗されねぇようにイノセンスの力は完全に制限されるに決まってんだろが。」
娟の隣を歩く神田はそんなこともわからないのかと言いたげにため息をついた。娟はうつむく。神田の言う"一般常識"のようなものがないことが悔しかった。
知っているということがどれだけ大切であるかということを外に出て痛いほど実感させられる。身近な体験としてはブレスレットの件がいい例である。これから抵抗されることが予想できる相手にどうして制限を緩めるというのだろう。しかしそんなこと、人とも関わりがある環境でないと知ることはできない。
「・・・」
娟は黙り込んだ。神田の言っていることは当たっているのだから、反抗するのは無意味だ。
「・・・これでイノセンスの制御はできたんだ。感謝しとけ。」
神田は無表情でそう言うと去っていった。娟は息を大きく吸って、それから吐いた。
結論だけ言えば、神田の言う通りだが過程を考えれば簡単に納得できないのが普通だろう。
「・・・もやもやする」
娟は唇を尖らせた。
娟のいる廊下はしんと静まり返ってコムイに連れて来られた階は普段は誰も寄り付かないところであることが伺える。人気がないというのは不気味な雰囲気を醸し出すが、それらの雰囲気は一人で生活していた時のことを思い出させた。
アルト以外の人間はすべて敵だと思っていたあの場所は、案外安息できる場所だった。周りからは孤立していたけれども、だからこそ周りがはっきり見えた。今の状況はゆらゆら揺れてて不安定な感じがする。来たばかりで不安なことは当然なのかもしれないけれど娟はそういった不安とは別な不安を感じていた。
娟の前に突然現れた神田も、コムイも、本当に味方なのかと考えるのだ。
この黒の教団自体、本当に信じていいのか?ただ娟たちの持つイノセンスとその力を欲しているだけでは?神田のいう聖戦に勝つために利用しているだけではないのか?
考え出すと疑心暗鬼に陥っていく。
そしてその考えからたどり着いたのはほんの少しの後悔だった。外の世界に出たくて、安易な考えでついて来てしまったのはよくなかったのではと思ったり、思わなかったり。
周りにいる人がどういうもので、自分にどいう影響を与えるのかというのが、故郷ではわかっていた。だからどうすれば生きていけるかは自ずと見つかる。でも今は流されるまま流されてあやふやだ。そういうところまでもう少し考えておけばよかった。
彼女はがっくりと肩を落として息をついた。
「・・・そういえば、ここはどこなんだろう。」
意識を脳内から外へと向けると、目の前に広がるのは見知らぬ廊下だった。
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