▽ 危篤2
娟に水を補給させながら列車を乗り継ぎ、教団へと着いたのはあれから5時間経った頃だった。
娟は時折意識を取り戻したが、5時間のうちのほとんどは眠ったままだった。
地下水路より娟を背負い、ダッシュでへブラスカの間へと走った。3メートル以内に近づくと、イノセンス保持者でない人間は大抵頭が割れるような痛みを感じていった。しかし通り過ぎるとしばらくすれば元に戻るので配慮はしない。
体力のないアルトは置いて、へブラスカの間へと降りるエレベーターへと飛び乗った。
「・・・!!・・・どう、した・・・」
イノセンスの気配を感じたらしいへブラスカはエレベーターが降りきる前に娟をその触手のような手で持ち上げた。
「イ、イノ、センスか・・・」
へブラスカが娟の額にキスをし、イノセンスについて調べている間に神田はコムイに連絡を入れた。
イノセンスのことはイノセンスの番人であるへブラスカに任せておけば大丈夫だと分かっているため、後は心配することなど何もないのだ。
しかし。神田がコムイへの連絡を入れてしばらくたったころだった・
「!?」
へブラスカの表情が突然こわばった。神田はそれを見のがさず問いかける。
「どうしたんだ。」
「この子は・・・イノセンスの、原石・・・の、ようだ・・・この子、自身そのものが・・・まるで・・・」
へブラスカの言葉に神田は眉間にしわを寄せる。
「それはどういうことだい?ヘブ君。」
そこに隣のエレベーターが下りてきた。そのエレベーターに乗っていたのはコムイだ。それにアルトもいる。此処まで大慌てで来たのだろう。呼吸の間隔がどちらも短い。
「この子の・・・イノセンスは・・・特定の場所、にある、わけではない・・・この子のすべてから・・・感じる・・・・まるで、この子は・・・イノセンスが、人の形を成しているような・・・人間とは、思えない・・・」
「なんだって?そんなこと今まできいたこともない。寄生型でもそんな例は一つもないはずだ。
アレン君のような寄生型のエクソシストは、イノセンスが宿っている体の一部は完全に人でないものに変わっているんだし、それと同様に考えるなら彼女は人の形をしていても、人ではないものであると考えられる。」
「娟はちゃんとした人間ですよ!雪女の家系の生まれですが、変な生まれ方はしていません。両親がちゃんといます。それに僕とずっと一緒に育ってきたんです。」
へブラスカの説明をアルトが否定する。へブラスカは「しかし・・・」と反論したげだったが、気がついたように「そうだ」とコムイが張った声にかき消された。
「遺伝子という可能性はないかい。」
コムイの言葉に全員が注目した。
「雪女の家系だといったね。ということは彼女の先祖から寄生型のエクソシストは受け継がれてきたわけだ。母親から娘にイノセンスの力が伝わるということは普通はありえない。でも遺伝子にイノセンスが寄生していた場合はどうだろう。遺伝子は親から子へと受け継がれていく。その可能性は考えられないかい?」
「わから、ない・・・私には、そこまで識別することは・・・不可能、だ・・・。しかし・・・可能性は、ある・・・」
コムイは科学者の目つきに変わる。娟という未知のものに対する探究心がくすぐられたようだった。
「じゃあ、娟は、ちゃんとした"人"なんですよね。」
神田はその目を見逃さなかったし、隣にいたアルトもそれに気がついたようだった。
アルトはわざわざ人という単語を強調した。意図的にだ。それはコムイに対する牽制の意味を持っていた。
「あ、ああ・・・僕の推理ではね。でも可能性はどちらにもあるから、君の望む答えではないかもしれないよ。」
「それなら良かったです。」
アルトは腹の中が見えない笑みを浮かべた。
人であるという可能性も、イノセンスから作られた人でないものという可能性も五分と五分である。決して良かったとは言えない。アルトはおそらく、コムイが行き過ぎたことをしないことが確信できたことに良かったと言ったのだろう。
以外と腹黒いところも、モヤシに似ている。
神田はアルトに感心すると同時に、人に対する鋭さがイノセンスと関係しているのではと思い始めていた。
prev /
next
2/3