これはせめてもの足掻きだ。絶対にトキヤのために泣かないと決めた。
笑ってありがとうと言いたいから、唇をぎゅっと引き締めて、深呼吸をして、俺はゆっくりと言葉を吐き出す。
「トキヤ、別れよう。」
そうすれば、瞬きをひとつしたトキヤは、私が嫌いになりましたか、と言うんだ。ずるい。
嫌いになれるわけがないのに。
むしろ、トキヤの気持ちが離れてるのにしがみついている俺こそトキヤに嫌われるべきなのだ。
トキヤと七海が好きあっていることに気づいていたのに。
自分がこんなに嫌なやつだなんて思わなかった。
かわいいし、優しいし、何より女の子だ。
比べる対象じゃない。
いっそ俺がトキヤを好きになる前に二人が付き合ってくれていれば、なんて思っても、幸せだった時間が甦ってどうしようもなく打ちひしがれる。好きな気持ちを否定しても、涙が溢れるぐらい幸せだった時間まで否定したくない。
だったら、この思い出をひっそりと持ったまま、別れを言いたいのに。
残酷なまでに優しくて卑怯なトキヤは首を縦に振ってくれない。
「好きだから、別れたいんだ。」
そう告げるとトキヤは頭に疑問符を浮かべた。
言っていいんだろうか。七海が好きなんだろ?と。そう言えばトキヤは哀しむに決まっている。そんな顔させたくない。
俺を嫌いになってほしい。いっそのこと。
「こう言えばわかるかな。………好きな子ができたんだ。トキヤより。」
なんて大嘘。
「だから、」
続く言葉はトキヤの腕の中に吸い込まれた。ぎゅっと抱き締められ、すいません。と、俺の耳に届くか届かないかの声量で出た謝罪の言葉。
「あなたは、どうしてそう嘘をつくのが苦手なんですか。」
ああ。どうしよう。こんなにこんなに大好きなのに。こんなにこんなに愛しいのに。
泣きそうな微笑みだって、透き通る肌だって、俺にはないところたくさんたくさん。
ほら、行きなよ。
両肩を押して頭を上げて、最後にそっと別れのキスを送ってやった。
最後ぐらいいいよね。
ありがとう、トキヤ。今まで幸せだった。
そんな想いを込めて。
さよなら、とは言えなかった。
背中を無理矢理押して部屋から追い出す。トキヤが何かを言う前に扉を閉めて、蹲って顔を埋めた。
泣いてやるもんか。なんて最後の抵抗も、重力に従って涙がこぼれ落ちた。
ありがとう。
大好きだった。
いや、違う。これからも大好きだ。
だから、お願いだから幸せになって。じゃなきゃ許さない。
明日、世界が朽ちるまで
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