いつもは勝手に家にやってきて、無理矢理俺を犯すだけなのに、今日はどういうわけか、外に呼び出された。
指定された場所はホテル。一見普通のビジネスホテルだったが、客がどうも裏の人間ばかりのように見えた。
目立つ髪の毛や色の違う眼を隠すように目深に帽子を被り、部屋へ向かう。

「そうしてれば、芸能人みたいだ。」


などと茶化してきたので、早々に帽子を取って、何の用だと聞いてやった。

「こんな場所まで用意して」

「ここ、俺の家みたいなもんだから。」

「用件は」


急かすように聞いてやると男は不敵に笑い、まあ座れよ、とソファーを指差した。その前に置かれたコーヒーをじっと見ていると、薬なんて入ってないから、と見抜かれてしまう。
調子が狂う。
嫌みなところはそのままなのに、いつもとは明らかに違うこの雰囲気。
焦れったいような、もどかしいような、無図痒いというのか。

はあ、と溜め息を吐きドッカリとソファーに腰かけた。

「なんのつもりだ。」

「何が、」

「ヤりたくて呼び出したんじゃねえのか。」

今度はこいつが溜め息を吐く番だった。煙草に火をつけ、ふうっと煙を吐き出す。一度吸っただけの煙草を灰皿に捩じ込んで、

「それもそうだな。」

横目で俺を見る。その目にいつもとは違う何か意思を感じたけれど、俺は知らない振りをした。所詮、身体を繋げるだけの大した関係じゃない。

ベッドに向かおうと、足を踏み出そうとすると、着信音が鳴り響いた。ビクリと肩を揺らしてしまったのは、前回の出来事がフラッシュバックしたせいだ。

「取れば?」

携帯を指差してやつはそう言う。一瞥してから、俺は携帯の通話ボタンを押した。

『もしもし?』

「…もしもし」

電波越しに聞こえた透き通るような声にいいもしれないくらいに胸が締め付けられる。バクバクと心臓が動く。
喉が一気にカラカラになって、上手く言葉が出ない。

『今どこ?』

「ちょっと、…出てる…。まだ外だ。」

『今日渡した音源、忘れて帰ったでしょ?さっさと聞いてほしいから今から蘭丸の家に行こうかと思ったんだけど、』

その言葉を聞いた瞬間、心底ここにいて良かったと思った。男に抱かれている場面なんかに遭遇してしまったら、一生のトラウマだろう。そんな姿見せたくない。
美風に依存している自分を早く割り切らなければ、と思ってもそれ以上に増す気持ちを抑えられなかった。これが恋愛感情なのか。
いつのまにかぎゅっと唇を噛んでいたらしく、鉄の味がした。

『いないんじゃ仕方ないよね、また明日にするよ。』

「ああ、悪い。またあし……」

言い終わるか否かで、徐に携帯を奪われ、ベッドに放り投げられた。

「出ていいって言ったけど、長電話はやめてほしいな。」

そのまま床に押し倒され、馬乗りになり、両手を掴んで頭上で固定し身動きが取れなくなる。痛みに呻き、ぎり、と睨んでやると、

「ガラじゃないことはやめる。やっぱり俺は黒崎さんが苦しむ顔で興奮するみたいだ。」

そうしてまた赤い眼球を舐められ、ぞわぞわとした嫌悪のような快感が引き摺りだされた。
聞かせてやりたかったな、電話の相手に。黒崎さんが感じて感じて、どうしようもない淫乱だって、知ったらどんな顔したんだろうね。

「美風藍、だっけ?仲良いんだな。」


噛み締めた唇からさらに血の味がした。こいつの考えてることがわからない。何がしたいんだよ、と思った言葉は口から滑り落ちていたらしい。
男は口角を綺麗にねじ曲げ、

「黒崎さんを壊したい。」

絶望を吐き出した。




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