「貴様が読書とはまったく不釣り合いだな」

寿嶺二の楽屋はいつも一人でも騒がしい。それが今日は何故かやけに静かなので、早く来すぎたのかと扉を開けると寿は熱心に何か本を読んでいた。
俺の顔を見ずにおはよーなどとおざなりに言うものだから、嫌味ひとつほど言ってやろうと先程の言葉を言ってやると、

「んー、ちょっと気になってさー」


また目線を本に落としたままそう答えた。
何が気になっただの、何を読んでいるだの特に聞くわけでもなく、俺は寿が座っている長い座椅子の向かい側の椅子に座り、足を組んでこちらも本を開いてやった。

部屋には時計が時を刻む音と本のページを捲る音だけが響く。
章の区切りでふと顔を上げるとパチリと寿と目が合った。
ふやけた表情で微笑むから、ジロリと睨んでやる。あからさまにショックを受けたリアクションをするのはわかりきっている。

「ぼくが何読んでたとか聞かないの?」

ふいに呟かれた言葉に、先程寿がしたように視線を本に落としながら答えてやった。


「興味がないからな」

「ハハ、言うと思った。」

これなんだ、と視線と本の間に割り込みさせたものは、それこそ寿とは不釣り合いな小難しい小説だった。恋愛小説ではない。フランスの著者で自分と同じ名前がそこには記されていた。

「…………安易な本の選び方だ。」

どうせ今流行りの小説なんぞを読んでいるものだと思っていた。俺と同じ名前、などという理由で選んだらしい本は少しだけページがくたびれている。

「安易かもしれないけど、新たな発見はたくさんあったよ。」

「ほう」

「"愛されないということは不運であり、愛さないということは不幸である。"なんだって」


つらつらとそんな文章を読んだあとに、俺の目をしっかりと見つめ


「だからミューちゃんは幸運だし、ぼくは幸福なんだよ」


ふわりと笑ってミューちゃん大好き、などと言うものだから、盛大に鼻を鳴らしてやった。

「馬鹿め。貴様が幸運なだけだ。この俺が貴様なんぞを愛してやっているんだからな。」

「ええ!ひどい言い草だなー」

軽い言い回しでオーバーなリアクションをするこの男、たまに、いやよく、ではあるが、俺はこの男のどこを好きになったのかと疑問に思う時がある。だが、

「でもそんなこと言ってもぼくのこと真剣に愛してくれてるんだってちゃんとわかってるよ。」

と一手先を見据えた発言にドキリとさせられるのだ。その一挙一動に。
根底まで好きになってしまったのだろう。それは悔しくもあり、愛しくもある。複雑な気持ちだ。


「…だったらそれでいいだろう。少し、」

「あとね、こんなのもあるんだって。」


黙っていろ、と言おうとすれば透かさず言葉を繋げられる。
熱を帯びた真剣な眼差しで。
心臓がカッと熱くなる。


"僕の前を歩かないで。ついていけないかもしれない。僕の後ろを歩かないで。導けないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、恋人でいてほしい"


寿がそう言葉を紡ぐ度に、ただの文字が輝いたものになっていくように思う。初めて寿の奏でる歌を聴いたときのような、そんな高揚だ。
美風のように完璧かつ繊細な歌声でも、黒崎のように力強くどこか脆い歌声でもない。

変幻自在に変わる、
一度聴くと忘れない、
本人を反映した聴く者を捕らえて離さない。



「ミューちゃん」


優しげな口調で呼ばれ、初めて会ったときのように、気付けばまたぼんやりとさせられていた。
不覚だ。いつしかこの男に惹かれていたことも。この男を好いている自分も。腹立たしい。

「また見惚れてくれてたの?」

「………勝手に思っていろ。それに、恋人ではないだろう。あそこは」

「わざとに決まってるでしょ。」


にこりと笑って、本を持つ俺の右手を引き寄せて、


「プロポーズみたいだと思わない?」

眼鏡を外され、されるがままに軽い口付けをされた。
視界があまりはっきりしないが寿は恐らく笑っているのだろう。本当に腹立たしい男だ。

「…プロポーズなら自分の言葉で言ってみろ。それに、」

だからこんな口を叩いてしまう。
寿には総てお見通しらしいが。


「一生俺についてこい、ぐらい言ってみろ。」

ふん、と鼻を鳴らし奪い返した眼鏡を掛け、視線を本に向けようとすればガバリと抱き着かれた。その拍子に椅子は倒れ、重力に逆らえず俺たちも床へ倒れこむこととなった。もちろん、背中は打ち付けるわ、動けないわ散々だ。(頭は用意周到なのか、寿の手がガードしてくれていて打ち付けていない)


「お、…い…………っぅ、………貴様!!」

「ミューちゃん大好き、愛してる!!嶺二惚れ直した!!」


抗議を浴びせてやろうとすれば、愛の言葉を捲し立てる。抱き締める強さも変わらず、全身で愛情表現をするこの男に、溜め息が溢れ出た。





Tu me fais craquer





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