無理、とそう断言された。
ほんの少しだけの希望を信じてみたボクが馬鹿だった。

「そんなこと言い出すとは、な…この5年で随分人間らしくなったんだな」

彼は眼鏡の奥の瞳を光らせてそう言っているに違いない。

「見た目は変わらないくせにって?」

「そんなに突っかかってくるなよ。できないものはできないんだ。」


予想していた答えに特に驚きもしなかったが、やはり、という落胆の気持ちはある。人間になりたい、だなんてことは到底叶わない願いだ。ならばいっそ自分で機能を停止させることはできないのか、と聞いてみた。そうすれば目の前の彼は眉毛を下げ、そんな悲しいことは言わないでくれ、と言った。

ボクはボクが生まれた理由を知らない。知ったところでどうしようもない。どうせ哀しい彼の自己満足だ。
生まれてこなきゃよかったなんてことは思わない。けれど、残されることはわかっているのだろうか。ボクはいつまでここにいなくちゃいけないんだろう。永遠に縛られるのはごめんだ。

なら、ボクはボクの思うままに生きたい。停止するときだって自分で決めたい。

「…負荷さえなければ付けてあげたいよ。藍が望んだ相手のためなんだろ?」

「………ただボクの勝手な自己満足だよ。」


親に似てね、と付け足すと、それは仕方ないなと苦笑いされた。
聞けばそんなことをすれば、初期化するらしい。そう、名前も何も知らないボクであってボクにないものになるのだ。―蘭丸を知らないボクに。

それじゃあまったくの無意味に終わる。事実上ボクは死んでしまうのだ。

自己管理機能をつけるためにボクはその機能の前に終わる。なんとも皮肉な話じゃないか。成す術なくボクは溜め息を吐いた。

「………不便だね…機械なんて。」

「………藍…」

「…慰めなんていらないから。感謝すべきだとは思ってる。」

言い切り立ち上がれば、そのまま顔を上へ上げた彼はすまなそうに

「俺のワガママに付き合ってくれてありがとう。」

なんて言うのだ。
自分がひどく惨めになって何も言わずにその場を後にした。


無性に蘭丸に会いたくなった。会って抱き締めて嗅ぎ慣れたワックスの匂いの見た目より随分柔らかい髪の毛に埋もれたくなった。
蘭丸、蘭丸―

愛しい名前を繰り返すだけでこんなに胸が熱くなる。
早く会いたい、その一心で事務所に向かうと丁度ドアが開いて中から蘭丸が出てきた。自然と足早になり、いつものように蘭丸、と声を掛けるが早いか否か、蘭丸は後ろを向いた。
どうやらボクより先に声を掛けた人間がいるらしい。思わず陰に隠れて様子を窺ってしまった。

見ると事務所の新人スタッフの女の子であろう人間と話をしている。あれほど女性を遠ざけていた蘭丸は、この五年で随分と丸くなった。というのもボクや嶺二の助言があったからなのだが。
蘭丸の雰囲気に圧倒されているのか女の子がわたわたと緊張した顔で、蘭丸に話し掛けている。上手く話せないのか、何度も同じことを繰り返しているように端から聞いてもそう思う。
いい加減怒りそうだな、と出ていこうとした瞬間、彼は女の子の肩に手を置き、落ち着け、と促した。

ただそれだけのことなのに、ボクは言い知れぬ不安を感じた。
蘭丸はこのままボクと一緒にいていいのか。
人間的な幸せを手に入れてもいいのではないか。
丁度あの女の子のように小さくてふわふわしているような子が真に蘭丸を幸せにできるのではないか。

考え出すと止まらなくなってしまった。
所詮ボクは性別の前に、機械なのだ。機械がいくら努力しようが人間には勝てない。

蘭丸を幸せにできない。

打ちのめされる。どんなに願ってもボクは人間にはなれない。なりたいなんて、今このときまで思ったことなんてなかったのに。

顔から雫がこぼれ落ちた。今まで見たことなかったこの現象、ボクが持った疑念。

「…故障したのかな………」

早く会いたかった気持ちは既に立ち去りたい気持ちへと変わっている。
蘭丸はまだ会話をしていてこちらに気付いていない。

このまま消えてもきっと、

近頃感じていた彼から受ける疑念の眼差しも何かのサインだったのかもしれない。
丁度良かったじゃないか。
ボクがいなくなれば蘭丸は人間的な幸せを掴めるチャンスができるのだ。願ってもない。

ありがとう、と滴る雫で声も出せないままボクは踵を返し、歩き出した。


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