「やめた。」

唐突にぶつけられた言葉に一瞬何を言われたのかわからなくなった。


「……は?」

「飽きたんだよ。俺、嫌がる相手じゃないと勃たないから。」


突然の事態に怒りよりも困惑の方が勝った。
何を言っているんだこいつは、
いままで散々人の人生をめちゃくちゃに壊して、飽きた、だと?
そう思ってやっと怒りが沸々とやってきた。

「…ふざけんなっ!」

「…なに黒崎さん、嬉しくないの?こんなバカらしい関係続けなくていいんだよ?それとも、もっとシてほしかったって?」

「誰が!!」

「じゃあ良かったじゃない。」


よれたシャツを正し、曲がったネクタイを結びあげ、立ち上がる。


「勢い余って、あんなこと言っちゃったけど、黒崎さんと一緒にいたら不幸になりそうだから。やっぱり自分が可愛いからさ。」


つらつらと述べている間も、身を整える手は止めることはない。


「もうこれでさよなら。今度からはこの口座に振り込んで。あと五千万。がんばって。」


渡されたメモを受け取り、顔を上げるとバタンと扉が閉まる音がし、もうそこには借金取りの男はいなかった。


「……なんだそれ…」



あまりにも呆気ない最後だ。
いや、今までがおかしかったのか。
それに慣れてしまっていた自分が憎いい。
息を一つ吐けば安心してしまったのか今までの疲れがドッと押し寄せてくる。
ごろりと畳に寝転べば、睡魔が襲ってきた。
美風のことや、何故か少し気になった男が最後目を合わせなかったことや、考えることはたくさんあるのに、身体が言うことをきかない。
目を閉じればすぐに微睡みに落ちた。




けたたましく鳴る携帯に目を覚ました。辺りはすっかり闇に包まれ、着信を知らせるランプだけがチカチカと示している。
電話を取ると、そのバカデカい声に鼓膜が破れるかと思った。


『らんらん!?らんらん!?え、らんらん!?』

「…うるせえ…」

『あ、っははごめんごめん。まさか繋がるとは思わなくてつい…心配したんだからねー!何日も無断で休んで、携帯も繋がらないし。それより、今どこ?』

「家だけど。」


だったら今すぐ事務所に来て、と急かされ、事務所に向かうと嶺二だけでなく、カミュやシャイニングのおっさん、それにその真ん中に美風がいた。
これは何の事態だ。と眉を潜めると、おっさんは、揃ったようだな、と珍しく真剣な口調で話し出した。


「藍、先程も聞いたがもう一度聞くぞ。」


重々しい雰囲気の中、視線が美風に集まる。ざわざわと嫌な予感がする。


「事務所をやめたい、その決意は変わらないのか?」


あまりにも予想外の出来事に俺の口から思わず驚きの声が飛び出てしまった。


「変わりません。事務所をやめる、と言うより、この業界を引退しようと思っています。」


有無を言わさない堅い声に、その場の全員が言葉を失う。あまりにも唐突だ。
ここ三日ほど美風を見ていなかったけれど、その前は特におかしな変化はなかった。
まさか、あんな場面に遭遇したせい、なんて馬鹿げたことを一瞬考えたが、そんなに繊細な神経をしていただろうか。そうだ。
きっと、そのこととは関係ないだろう。

「だからこれ以上話すことはありません。」

そう言い捨てると、美風は部屋を出ていく。
どうしたものか、と俺以外の三人は思案に暮れるが、俺はそのまま美風の後を追い掛けた。


「美風!」

いつしか廊下で後ろから話しかけた時とは反対に今度は俺が名前を叫ぶ。
ちらりと一瞥をした美風は、なに、と素っ気なく返した。

「お前、なんでそんなことになったんだ……」

「蘭丸には関係ない。」


先程のように、きっぱりと言い張り、歩を進めようとするので、思わず腕を掴もうとするが、寸でのところで手を止めた。信頼していたであろう人間の汚いところを見せられたのだ、きっと触られたくもないはずだ。そう思って、手を引っ込め、顔を上げると、じっと見られていたことに気付く。

どこか寂しそうな顔は一瞬で、すぐに踵を返し去っていく美風に何か声を掛けたいのに、こんなときには何も言葉が出てこない自分が心底腹立たしくなった。





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