僕のすべては歌だけだった。
歌が歌えれば、どこだってよかった。

大きく息を吸って、全身で歌えば、心地よかった。それだけで良かったのに、いつの間に僕の歌を聴いたのか、母親がテレビのオーディションに勝手に応募して、あのシャイニング早乙女が、その年齢で高い歌唱力、ルックス、そして毒舌キャラ!これはウケまーす!なんて見初めたから、僕は芸能界で生きている。

歌を歌えれば、どこだっていい。他人なんかどうだっていい。楽しい感情や、汚い感情なんて僕には関係ない。どうだっていい。
それが、僕の考えだった。
だったのに。

近頃、あいつがどうしてるのか、とか、どんな気持ちなのかとか、今まで感じたことのない感情が、あいつを見ていると溢れてくる。
これは一体なんなんだろう。
僕を掻き乱すこの想いはなに?


きっかけはそう。たぶん第一印象。
目が合った瞬間同じだってわかった。誰も信じていない目。
こんな人間もいるんだな、程度だったのに。
いつの間にか側にいることが心地好くて。
歌を誉められるという、簡単で素直な感情をぶつけられ、どうしたらいいかわからない。反面、正直すごく嬉しかった。こんなに顔が熱くなったのは初めてだ。

少しずつ興味が湧いた。こいつはどんな人間なんだろう。何をすれば喜ぶんだろう。
こんならしくない自分が初めてで戸惑いを隠せない。

けれど、見ていればすぐにわかる。
こいつは何か抱えている。
見るたびに疲れた顔をして(本人はそんなつもりはないだろうけど)、元々白い肌がより一層死人のように見えた。

何かしてやれないのか。七歳も離れた大人に対して言うような台詞ではないのだが、こんな子供でもできることがあるかもしれない。

ある時、渡すはずの音源を忘れたあいつに電話を掛ける口実ができた。この前のように電話に出ないかもしれない。それならそれでいい。話す口実がまたできるから。些細なことでさえ、嬉しい。


長いコール音のあと、掠れた声でもしもし、という声がした。ざわりと何故かざわめく胸に疑問を抱きながら、忘れ物があるから、と切り出すと、ぎこちなく返ってくる返事。
どうしたのか、と問おうにもどう聞けばいいのかわからないのは僕の変な意地が原因だった。結局明日渡すと言い、会話が終わるか終わらないかで切れた電話にまた疑問を感じる。

今まで数少ないけれど、あいつとは電話したことがあった。律儀なのかわからないが、いつも僕が電話を切るまで切らないあいつが。今日に限って。

このときは明日聞けばいいか、どうやって聞こうか、などと、珍しく単純なことに悩んでいたけれど、その時間も無駄に終わってしまった。
あいつが仕事に来なくなったからだ。無断でだ。電話も繋がらない。

ざわざわと嫌な予感がした。何をしていても、昨日の会話が脳裏を過る。
掠れた声、辛そうな声。もっとあの時ちゃんと聞けば、ここにあいつはいたのか。

その日の仕事は僕一人でこなせるものだったが、これからはそうはいかない。
とりあえず、家に行ってみよう。思い立ったらすぐ行動に移す僕は、事務所の事務の人間に住所を聞き、タクシーに乗り込み目的地に向かった。


着いてみれば、そこはお世辞にもいい家とは言えない、ボロいアパートだった。部屋番号を確認し、錆びた鉄の階段を登り、部屋の前に立つ。
いないだろうな、と一応ノックをすれば(インターフォンがないからだ)、中でガタガタと物音がした。


「……蘭丸…?」


恐る恐る声を掛けると、中から僕を呼ぶ声が聞こえる。
なんだ、いるんじゃん、何で来なかったの、電話に出ないの、何してたの、
何で何で、という疑問と、言い知れぬ苛立ちでとりあえず開けるよという言葉しか出なかったが、それすら中からの制止の声でできなかった。

「……頼む、から。」

振り絞る声に胸がギュッと締め付けられる。どうして?何で?そんな辛い声なんて聞きたくないのに。
ドアノブに手を掛けたまま動くことができない。
すると、中からあいつの声とはまた違った低い声がした。

「いいじゃない。開けるよ。」

「!!やめっ…!」

開いたドアから顔を見せた人物は、恐らくかなり身長が高いんだろう、歳の割には高めの僕が見上げる状態となって、第三者の男が上半身裸の状態で現れた。


「こんにちは、藍くん」


にこやかに名前を呼ばれ、警戒心が強まる。

「…あんた、誰?」

睨み付けて問いかけると、最初の笑みが深くなる。不快感しか感じない笑いかただった。


「俺は、黒崎さんの、恋人だよ。」


続いた言葉に絶句する。
男と扉の隙間から覗くあいつは泣いているように見えた。





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