それはまるで悪夢のような出来事だった。 1年経った今でも、あのとき体験した出来事が夢か現実かわからない。 本当に不可思議で恐ろしい出来事だった。 しかしそれは、紛れもない現実なのである。 ("ブライトウィン号の消失" 冒頭より) 「はあ…ようやく帰れるな」 甲板でどこまでも続く青い海を眺めながら、俺は深いため息をついた。 夏も終わりに近づいた8月下旬。 新聞社に入社して2年、多忙な毎日を送っていたが、今度の出張はあまりにも突然でスケジュールも体力も本当にギリギリだった。 同居している小学生の姪っ子二人を友人に預けて早々に家を出たが、それでも予定時間を30分オーバーして電話越しに上司からこってり絞られた。 「あいつらまだ怒ってるだろうな…」 家を出るときに見た澪たちの顔を思い出して、俺はもう一度ため息をついた。 去年はまだ新人だったこともあり、澪たちに構っている時間も余裕もなく、どこにも連れて行くことができなかった。 今年の夏休みには二人が行きたがっている遊園地に連れて行くと約束していたのだが、なかなか休みが取れず、とうとう8月の終わりまで来てしまった。 さらに夏休み最後の3日間に連れて行くと言った矢先に今回の出張が決まり、結局また今年も連れて行ってやれないまま夏休みが終わってしまったのだ。 家を出る際にそのことを澪に責め立てられ、それが原因で電車に乗り遅れてしまい、散々な目に遭った。 もう一人の姪である姉の繭は物分かりが良い為、澪のように文句を言うこともなく、俺を責める澪を止めて説得していたが、内心では澪と同じくショックを受けていただろう。 しかしだからと言って仕事を放棄する訳にもいかず、友人である麻生優雨に二人を任せて逃げるように家を出て来たのだった。 「優雨が上手く説得してくれてると助かるんだがな…」 思わずそう呟いたとき、 『叔父さん…』 ぽつりと呟く少女の声が聞こえて、俺は半ば反射的にそちらを振り向いた。 そこにいたのは、まだ顔に幼さを残すセーラー服を着た中学生の少女だった。 綺麗に束ねられたツインテールが風に揺れ、どことなく寂しげな表情で海を眺めている。 その顔を見たとき、ふと一瞬見覚えがあるような気がしたのだが、どこで見たのか全く思い出せなかった。 少女はしばらくの間流れる景色を眺めていたが、やがて静かに客室の方へ去って行った。 no 次へ |