第四章 祟殺し編
□罪

「え?優雨が…出て行った?」


梅雨に入りどんよりした雲が空を覆う中黒澤邸を訪れた真冬は、突然の話題に目を丸くした。


リビングのソファーで向かい合って座る黒澤怜は、どこか寂しそうに小さく頷く。


「…どうして、優雨が?」


「わからないわ。…何も話してくれなかったから」


「……」


怜の婚約者であり真冬の友人でもある麻生優雨が、突然別れを切り出して家を出て行ったのは1週間前のことだった。


優雨と真冬は同じ職場で働く同僚でもあるのだが、ここ最近は仕事場でも顔を合わせることが少なく、優雨が現在どのような生活を送っているのか全く知らなかった。


優雨が問題事を一人で抱え込む性格だというのも理由の一つだろうが、もっと大きな理由は真冬の多忙にある。


1年前、たった一人の家族である妹・深紅が失踪し、以来全てを忘れるかのように仕事に没頭している。


「…仕事場の方に連絡は?」


怜は静かに首を振る。


「しばらく休暇を取るって言ってたみたいで…連絡先も…」


「…そうですか」


長い沈黙が流れる。


聞こえるのは窓を叩く雨の音ばかり。


それがさらに空気を重くし、憂鬱な気分に陥る。


「何か手掛かりになるような物はないんですか?」


「手掛かりになるかどうかはわからないけど…優雨の部屋のごみ箱にメモが入ってたわ」


「…見せて頂いても?」


「ええ」


手渡されたそれは、くしゃくしゃになったノートの切れ端のようだった。


"優雨のメモ"

調べてみてわかった。

やっぱり一連の事件は全てオヤシロさまの祟りだったんだ。

螢が鬼隠しに遭ったのも、6年前に水代先輩が祟られたように、螢も祟られたんだ。

でも、螢は何も悪くない。

僕のせいだ。

全部、僕のせいなんだ。

祟りを鎮めるには生贄が必要だ。

きっとまた惨劇は繰り返される。

だから、全て終わりにしよう。

それが、こんな僕を親友だと言ってくれた彼へのせめてもの償い…


「祟り…?」


償い…の先は破れてしまっていて読めない。


「この鬼隠しというのは…?」


「さあ…優雨の地元の言葉かもしれないわね。神隠しとか、そういう意味かも…」


「…生贄…惨劇……あまり穏やかではないようですが、何か心当たりは?」


「いいえ。何も。……何も知らないわ」


「水代という人物にも心当たりはありませんか?」


静かに首を振って怜はため息をついた。


「私、優雨のこと何も知らないのよ。何も話してくれないし、聞いてもはぐらかされてばっかりで…」


「……」


「家族のことや子供の頃のこと、そんな話ですらしたことがないの。…婚約したときにご両親のことを聞いたら……何だかとても辛そうな顔してて……。だから何も聞いてないの」


真冬は無言のままもう一度メモに目を落とした。


書いてあることの意味はよくわからないが、優雨が重い何かを背負いそれに耐えていることは伝わって来る。


「去年の夏頃から一人で過ごす事が多くなって、休日になるといつも出掛けてたわ。どこへ行っていたのかわからないけど、天倉さんの失踪事件のことはとても気に病んでるようだった」


「…螢を…捜していたんでしょうか?」


「さあ……。でも、そうかもしれない」


「……」


「同じ頃に深紅がいなくなって……私もどうしていいのかわからなくて……。…ごめんなさい、私なんかよりあなたの方がよっぽど辛いのに」


「いえ……」


おぼろげに浮かぶ妹の顔を振り払うように、真冬は小さく首を振った。


「…とりあえず、メモにある水代という人物について調べてみます。優雨の行き先の手掛かりになるかもしれませんし」

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