第三章 獄流し編
□夕闇の彼方

夢を見ていた気がする。


長い間ずっと。


でもあまりよく覚えていなくて…。


ただ、とても悲しい夢だった気がする。


だからずっと泣いてた。


誰に言っているのかよくわからないけど…


誰かに向かって、ずっとごめんなさいを繰り返してた。


ただずっと…


それだけを、繰り返してた…。



御園の桜の木の下に千歳はうずくまり泣いていた。


膝の間からかすかに見え隠れする頬は赤く腫れている。


昨夜、突然叔母に呼び出されて部屋に行ったら問答無用で頬を叩かれた。


怒られるようなことは何もしていないし、誰にも迷惑を掛けるようなことはしていない。


それなのになぜ叩かれるのか、千歳には理解できなかった。


鬼のような形相で怒る叔母に必死で謝り続け、ようやく解放された時にはもう夜が明けていた。


それから逃げるように家を飛び出し、ここへやって来た。


ここは祭りの時以外あまり人が来ない場所だから、泣いても誰にも怒られはしない。


姉達がいなくなってから、叔母は事あるごとに千歳を叱りつけては手や棒で殴る。


お前は汚い娘だから、こうして汚れを取ってやっているんだ…と言いながら、何度も何度も。


それが恐ろしくて押し入れや床下倉庫に隠れているが、やがて見つかりまた叩かれる。


その繰り返しだった。


いったいいつまでこんな生活が続くのか、千歳にはわからない。


けれど限界が近づいていることは確かだった。


もう…耐えられない。


そこでふとあることを思い出した。


いつだったかいなくなった姉が言っていた。


神社にはオヤシロさまがいらっしゃって、オヤシロさまはいつも私達を見守っていて下さると。


オヤシロさまにお願いしたら、助けてくれるだろうか。


しばらくの間ぼんやりとそんなことを考えていたが、やがて決心して千歳は立ち上がった。


どうせ誰も自分を助けてなどくれない。


大好きだった姉も母も自分を置いて遠くへ行ってしまった。


だったらオヤシロさまにお願いしに行こう。


あの意地悪叔母から自分を助けてくれるように、お願いしに行こう。


…願ったところで、自分にはもう失うものなど何もないのだから。

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