第二章 鬼隠し編
□鬼隠し

昭和58年、夏。


じりじりと焼けるような暑さの中、雛咲真冬は開いていた手帳を閉じ、横断歩道を渡った。


駅から歩いて数分の所にある小さな喫茶店。


昼食時や仕事帰りに寄るのに丁度良い店だが、今日は人と待ち合わせをしていた。


朝食には遅く、お昼にはまだ早い中途半端な時間の為か、店の中は空いていた。


入ってすぐ店内を見回すと、一番奥の窓側の席に見知った顔があった。


向こうもこちらに気づいたようで軽く頷く。


それを確認して真冬はコーヒーを頼んで席へと向かった。


「すいません、高峰先生。お忙しい中呼び出したりして…」


向かいの席に座って頭を下げると、恩師であり有名なミステリー作家でもある高峰準星がカップを置いて笑みを浮かべた。


「気にすることはない。ようやく仕事も一段落したところだ。…それに、久しぶりに君の顔が見れて安心したよ」


真冬はもう一度軽く頭を下げ礼を言った。


そこへ頼んだコーヒーが運ばれて来て、カラカラに乾いた喉を潤してから真冬は口を開いた。


「電話でもお話したように、どうしても先生にご相談したい事がありまして…」


高峰はわかっていると言うように、深く頷いた。


「例の事件のことだろう。…あれからもう一年か」


「はい……」


真冬は少し目を伏せて俯く。


「先日、病院の方から連絡がありまして…天倉静さんが亡くなったそうです」


「静……確か、失踪した姉妹の母親だったか」


「はい。娘さんが小学校に上がる前からずっと長期入院していたそうで、事件以来、食事もできないほど病状が悪化し、そのまま回復することなく亡くなったと…」


「無理もない…。弟と娘を失い、夫も早くに亡くしていると聞いていたからな」


「…担当の医師の話では、数か月前からだんだんと起きる時間が短くなり、最後にはもうほとんど眠ったままの状態だったそうです」


「そうか…」


真冬はしばらく黙り込んだ後、鞄から手帳を取り出して開いた。


「それで、先日そのことで友人と会ったんですが、その時に少し気になる話を聞きまして…」


「気になる話?」


「螢と二人の娘さんの失踪事件のことを、地元では鬼隠しと呼んでいるそうです」


「鬼隠し…?それは初耳だな」


「はい。意味は所謂神隠しと同じだと思われますが、地元にはその鬼隠しに関する伝承が多く残されているようです」


「ほう…それで、その伝承というのは?」


高峰が尋ねると、真冬は手帳に目を落として、それから小さく首を振った。


「教えてもらえませんでした。…彼は僕よりも螢とは付き合いが長く、幼馴染だと聞いていましたから。失踪した娘さんとも面識があったらしく、例の失踪事件のことをひどく気に病んでいるようで…」


「ふむ……しかし、鬼隠しというのは非常に興味深い。氷室邸にもそんな伝承は残されていなかったからな」


「はい。それで…今度の日曜に、調べに行こうと思っているんです」


「例の事件があった稲荷村へかね?」


真冬は静かに頷いた。


「どうしても知りたいんです。どうして螢が失踪したのか。一体どこへ行ったのか。…彼の身に何が起きたのか。真実を…知りたいんです」


「……」


高峰はしばらく黙った後、深く息を吐いて顔を上げた。


「わかった。では、私も一緒に行こう」


「え?」


真冬は驚いて高峰を見る。


「一人より二人の方が調査もはかどるだろう」


「けれど…いいんですか?もしかしたら何日か泊まり込むことになるかもしれません」


高峰は笑って頷く。


「構わんよ。急ぎの仕事も入っていないし、伝承とやらにも興味がある。迷惑でなければ、私も同行させてもらいたいのだが…」


「先生……ありがとうございます」


真冬はそう言って深く頭を下げた。

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