じゃんけん


「じゃんけんしよっか」

ベランダで一緒に並んで田んぼを眺めていた、双子の弟が俺に言った。
二羽の燕が地面すれすれに飛んで土を運んでいく様を見ては、俺は車にひかれないかとハラハラした。
もたれていたベランダの手すりから上体を上げ、傍らの双子の弟を見た。

「ええー?」
「やろうよ」

わざと少しだけ気だるげさを出して尋ねた俺に、淳は微笑んで答えた。
その無邪気さに目眩がした。
俺たちにとってじゃんけんは、ただの遊びや、物事を決めるためだけの行動ではないのだ。
いや、ある意味で後者は当たっているのだか…

「今日も勝った方が…」
「夕飯の買い出し」
「やっぱり」

俺は再び手すりにもたれた。
初夏のじわじわ焼ける日中にあっても、日陰の内になっている金属の冷たさが心地よかった。
淳はずいと近寄り、俺の顔を覗きこんでくる。

「いいよね?」
「なんでだよ。お前が寮入ってる間ずっと俺が行ってたんだぞ」
「いいじゃん。昔はそういうルールだったよね」
「あーあーあー聞こえないー」
「けち」

俺が耳を両手で塞ぐ仕草を続けていると、淳はただため息を吐いて黙った。
俺は両腕を手すりの外に投げ出した。
屋根の影の保護を飛び出し、直射日光が直に肌に照りつけた。

「暑いなぁー」

この時期、誰もが勝手に口をついて出る言葉を漏らした。

「暑いねぇー」

淳も真似して、両腕を日差しの中へ放り出した。
その腕は自分のものよりも、若干白く見えた。
私立のルドルフへ転校してから、マネージャーの方針で「エリート」としてスクールへ通っているんだ、と以前言っていたことを思い出した。
しかし練習試合で対戦したときには、そのマネージャーの指示に寸分違わずプレーをする姿は、サエが比喩した「人形」そのものだったように思われた。
自分で言うのも恥ずかしいが、海遊びに明け暮れる田舎者とは、練習内容や生活習慣は異なるのだろうなぁと寂しく思った。
昔は一緒に遊んで、一緒にテニスして、ちょっぴり勉強もして。
自分たちの外見や中身に、違う部分などありはしなかったのに。

腕から視線をずらし、横顔にやった。
淳はまだ下を見ている。
燕もまだ低空飛行を続けているはずだ。
日陰の中の淳の肌は、やっぱり白かった。
燕の動きを追っていた淳の瞳が、不意にこちらへ向けられた。

「じゃんけんする気になった?」
「なりません」
「ちぇっ」

淳は唇を尖らせてそっぽを向いた。
その子どもっぽい態度が、自称エリートの姿に似合わず違和感を覚えた。
容姿がいくら変わっても、中身はそう簡単に変わるものではないようだ。
そして、自分も。

「気が変わった。じゃんけんしよっか」
「まじで?」
「昔みたいにじゃんけんするのも悪くないかなって思って」
「よっしゃ。勝つぞ」
「待って」
「待ったなし」
「待ったなしなし」

俺は、鳴らないくせに指の関節鳴らす仕草をする淳を制止した。

「じゃんけんはするけど、条件をつけます」
「え、怖いなぁ。なに?」
「うん。勝敗に関係なしで、一緒に買い出しに行こうよ」
「二人で?」
「うん」

淳は、じゃんけん意味ないじゃん、と肩をすぼめた。
俺は二人の共通の笑い声で答えた。

「昔みたいでいいでしょ?」
「うーん…」
「帰りにアイス奢るから」
「ほんとに?」
「ほんとに」

淳は顔を輝かせて、更に近寄ってきた。
昔から弟の気分が乗らないとき、決まって俺はアイスを用意した。
少し甘やかせすぎたかな、と思ったときもあったが、自分の教育は間違っていなかったと信じたい。
淳は、左手の小指を俺の右手の小指に絡めた。

「約束だよ」
「わかってるよ」
「やったあ」
「じゃあ、じゃんけんね」
「うん」

俺たちは片手の小指を繋げたまま、もう片方の手でじゃんけんをした。
地上の二羽の燕は愛の巣の材料をくわえ、空高く舞い上がっていった。





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