8.手づくり


刺々しい口調と鋭い視線は、リヴァイの不機嫌を如実に表わしているようで、だったらそれは何故なのかと考えてみれば、先程自分自身が抱えていたモヤモヤにぶつかった。
子供染みた、下らない、感情だ。
そんなものをリヴァイが抱く筈が無いと思いながらも、ぴょっこりと顔を出した期待はなかなか薄らいでくれなかった。

「リヴァイ兵士長の……」
「あ?」
「リヴァイ兵士長の事を、話してました」

不愉快そうに寄っていた眉間の皺が、ス……と解かれた。

「俺の事なんざ、話題にして何になる」

刺々しかった口調が、ぶっきらぼうながらも温かみを帯びていた。

「だって私は……」

胸を張って堂々と口に出来たら、どれほど気持ちが良いだろう。

「私は……」

好意はとっくに知られているのに、いざとなると怖気づいてしまうのは、想いを口にするだけでは物足りない、欲張りな気持ちがあるからか……。

「…………っ、次、いつデートしてくれますかっ?」

誤魔化すように口から出た言葉は、本来ならば今日の目的であったはずだった。こんな、言い逃れのように口にする事ではなかったはずだった。
そんな愚かな思考にバチが当たったのか、帰ってきたリヴァイの応えはひどく素っ気なかった。

「1週間後には壁外調査があるんだ。そんな暇はねぇよ」
「あ……」

それは、イレギュラーな事でも何でもない。普通に考えれば分かる事で、寧ろリヴァイにとってのイレギュラーはマホとのデートの方なのだ。
ただマホが、勝手に期待して自惚れていただけの事だ。そして、一丁前にショックを受けているだけの事だ。
返す言葉に詰まり、下唇を噛み締めるマホを見て、クスリとリヴァイは愉快そうに口角を上げた。

「分かり易くしょげかえる奴だな。お前、マホよ」

挑発的なその声に、反論も出来ずにマホはカッと顔を紅く染めた。
それを見てやはり愉快そうにしているリヴァイは、徐に片手を上げてポンとマホの頭に置いた。そして、撫でるというよりは弄ぶという表現が合う手付きでワシワシと掻き撫でだした。

「な、何ですか……」

突然に髪を掻き乱され不満気な声を上げつつも、マホの頬は紅潮したままで、隠し切れない喜びが無邪気に瞳を煌めかせていた。

「とりあえずは壁外調査が終ってからだ。まぁ生きて帰れたらの話だが」
「そ、そういう言い方しないで下さい……リヴァイ兵士長は、ちゃんと帰ってきます」

常に死と隣り合わせの現場だという事は知っていても、その言葉は残酷に耳に刺さる。

「……なら、ちゃんと待っとけ」

まるで、聞き分けの無い子供に言い聞かすように、頭を撫でながら告げた言葉は、完全にマホの心を奪っていた。

「ま、待ちます!どれだけだって待ちます!!」

爛々とした瞳で鼻息荒くそう叫ぶマホに苦笑気味にリヴァイは言う。

「……まぁデートをする暇はねぇが、壁外調査の日まで俺もこの古城に居る予定だ。ここに来りゃ時間があればお喋りぐらいは出来る」
「えっ!?お、お喋り!?リヴァイ兵士長がお喋りに付き合ってくれるんですか?」
「大袈裟に騒ぐな。俺は元々結構喋る」

また1歩近付けた予感に、マホはニッコリと微笑んだ。


それから6日後、再び古城にやって来たマホは小さな袋を小脇に抱えていそいそと正門を潜った。
入口の扉の前では頭を三角巾で覆ったリヴァイが竹箒で地面を掃いており、とても明日から壁外調査に行くようには見えないが、それが如何にもリヴァイらしくて、思わずマホはクスクスと声に出して笑った。
それに気付いたのかリヴァイが顔を上げ、数メートル先に立っているマホを見て口元を覆っていた布を顎の下にずらした。

「お疲れ様です。リヴァイ兵士長!」
「……本当に来たのか、お前」
「すみません!お邪魔でしたらすぐ帰ります」

ペコペコと頭を下げるマホを追い返すつもりは無いのか、リヴァイは手に持っていた竹箒を壁に立て掛けると、スタスタと彼女の前まで歩を進めた。

「お喋りするぐらいの時間はあるが」

その言葉だけでマホはパァッと表情を明るくさせて、小脇に抱えていた袋をしっかりと両手で持ち直しズィとリヴァイに差し出した。

「あの、紅茶のパウンドケーキを作って来たんです。もし良かったら貰って下さいっっ」
「紅茶?」
「はい、リヴァイ兵士長は紅茶がお好きだと……」
「……普通に飲む方が好きだが」
「えっ!?わ、私余計な事を……」

分かり易く落胆するマホの手からその袋を取り上げて、リヴァイは呆れたように溜息を吐いた。

「言い方が悪かった。紅茶を飲むのは好きだが、菓子として食うのも嫌いじゃない」

期待と落胆と、シーソーのように繰り返されるこのやり取りですらもう、マホには甘い誘惑になっていた。
そしてリヴァイもまた、そのやり取りを楽しんでいるようだった。

「リヴァイ兵士長、ご武運をお祈りしてます」
「ああ」
「だから、戻って来たら、デートして下さいね」

返事の代わりに、伸びてきた手がクシャリとマホの髪を撫でた。

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