4.大げんか


シィン……とした資料室の空気は重く、マホを見下ろすリヴァイの瞳はゾクリとする程冷たく仄暗い闇を孕んでいた。

「すみません……私ー…」

何とか接点を作りたくて繰り出した発言があまりにも軽はずみだった事に、慌てて謝罪しようとするも、それすら許さないかのように冷やかな瞳でリヴァイが言う。

「お前も、ミーハー思考の女か。くだらねぇな」
「え……」
「人類最強だのなんだの、無駄に騒ぎ立てる奴らに乗せられて、知りもしねぇのに興味本位で近付いて来やがる。少し前までは人をゴミの様な目で見てやがった奴等が……反吐が出る」

マホに向けられているようでいてその実、好意を見せてくる全てに対してであろうその言葉が、チクチクと胸を傷めつける。
モテるという噂は耳にしていたし、色んな女性が寄ってくるだろう事も安易に想像出来る。
ただ、自分自身もそのミーハー思考の女性と一括りにされてしまう事だけは、どうしてもマホは解せなかった。

「何で、そんな事言うんですか……?」

俯き加減にそう言ったマホの声音が微かに震えている事に気付いたのか、リヴァイは怪訝そうに眉を寄せた。

「何でも何も……そういうふざけた奴を嫌というほど見てきたからだ」
「私もそうだと言うんですか?」
「そりゃぁお前……つい昨日やそこらで顔馴染みになった程度の奴と恋仲になろうと考える女なんざ……相手の名声に靡いたミーハーか惚れっぽい尻軽か……」

バッと勢い良くマホの顔が上がった。目の前で暴言を吐く男を睨み付けるその瞳は潤み、羞恥か憤怒か熱情か、彼女の頬も耳も、薔薇色に染まっていた。

「だから何でっ……そんな事言うんですか!?知りもしないのにって……その言葉、そっくりお返しします!私は……リヴァイ兵士長の事はそりゃもちろん知ってましたよ!名声も沢山聞いてました!けど、それで興味を持ったわけじゃないです!というか寧ろその逆でした!何度か遠目に見た事はありましたけど、小柄なのに物凄い威圧感だったし、出来る事なら関わりたくないって思ってたぐらいでした。でも、実際会って接してみたら思いの外優しくて……。それに……間近でリヴァイ兵士長の穏やかな顔を見せられたら、意識するなって方が無理ですよ!普段はそんな殺し屋みたいな目付きで威圧的なのに!!」
「おい待て。誰が殺し屋だ……」
「それに……初めてだったんですよ。男の人から誕生日に贈り物をもらったのも」
「だからあれはプレゼントじゃねぇと……」
「そんな事はどうでもいいんです!リヴァイ兵士長がそのつもりじゃなくても、私の心には響いたんですよ!!それを、惚れっぽい尻軽って言うならどうぞ勝手に思ってて下さい!!けど私は、ミーハー思考でリヴァイ兵士長と恋仲になりたいと思ったわけじゃないです!例えばあの日、贈り物をくれた相手が巨人だったとしてもきっと私は恋心を抱いたと思います!!」

捲し立てるように言った為に息が上がったのか、肩を上下させて呼吸をしながらマホは更に顔を赤くさせて負けん気強そうにリヴァイを見上げている。その気迫に圧倒されたのか、リヴァイは眉間の皺も解いてしばらく彼女を見つめ、やがて観念したように髪をクシャリと掻きながら小さく舌打ちをした。

「やっぱりお前は、バカ正直なうえに大袈裟だな」
「そうですよ!だから『恋人になりませんか』とか言っちゃいましたよ!……でも、嫌だったんです。せっかくリヴァイ兵士長の事を知れたのに、このまま接点が無くなってしまうのが……。リヴァイ兵士長がモテるって噂も、泣かせた女性が沢山いるって噂も聞いてたけど……」

ハァ……と呆れた溜息がリヴァイから漏れる。

「モテるってのは、ミーハー思考の連中からの誘いが多いってだけだ。そういう女が寄って来る度にさっきみたいな言葉で返していたら泣かれる。面倒くせぇ話だが……あんな風に、怒って言い返してきたのはお前が初めてだ」
「そ……れは、すみません。でも、私はミーハー思考でリヴァイ兵士長に恋心を抱いたわけでは……っというか、そもそも恋なのかどうかもよく……」

今になって思えば、必死だったとはいえ恋心を認めてしまった発言をしてしまったのだ。まだ恋というものもよく分かっていないくせに……と、遅れてやってきた恥じらいに焦り出すマホに対してリヴァイは「いや……」と首を振る。

「そんな事はどうでもいい。どの道、お前と恋仲になるつもりは無いからな」

それは充分に予想出来た応えだ。それなのに図々しくもマホの胸はズキンと傷んだ。
ついさっきまでは重苦しかった空気が、今度はピンと張り詰めだした。

「そう……ですよね」

緊張の糸を張った空気を崩してしまわないようにと、静かに囁くようにマホはそう呟いた。だが、次いでリヴァイが放った声は、いとも容易くその空気を崩していくものだった。

「ああ。さっきお前が言った通り、俺はお前の事をよく知らねぇからな」

そこでリヴァイはフンと鼻を鳴らして、1歩、マホとの距離を詰めた。元々そこまで離れていなかった2人の距離が更に縮まった事で、吐息がかかる程に顔が近付いた。咄嗟に顔を背けようとする前に、ガシッとリヴァイの手がマホの頭を掴んだ。
挑発的に見据えてくる眼差しに、ゴクリとマホの喉が鳴る。

「半分は今日の礼も兼ねてだが、お前が本気で俺とどうにかなりたいと思ってるなら、1度……してみるか?」
「え、えっ!?」

目を白黒させるマホを見て、クッとリヴァイの口角が上がった。

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