3.無理矢理


このところマホはボーッとしてしまう事が多い。同期の仲間に「最近変じゃない?大丈夫?」と聞かれたり、実際今日も壁の補強作業の最中に足を滑らせて危うく落下しそうになっていた。
そしてその原因はマホにも覚えがあった。
それはつい2週間前。古城を案内するという任を受け、リヴァイと出会った事が始まりだった。
もっと正確にいえば、あのリヴァイ兵士長の一瞬の微笑みを見てしまった所為だ。その直前に、甘いケーキとブローチのプレゼントを貰って充分に心が絆されていたというのもあるが、あの笑顔を見なければここまで心を鷲掴まれる事は無かったろう。
これまで耳にしてきたリヴァイの噂の中に“モテる”という類のものがあった事も、今のマホにとっては充分納得が出来た。
これが恋なのかと考えてみれば正直なところはよく分からない。
リヴァイとちゃんと関わったのは先日が初めてで、それ以来も会っていない。つまりはあの日が最初で最後の出逢いなのだ。
“また……”と告げた言葉に“……ああ”と返してくれたのは確かだが、駐屯兵団に所属する一兵士と調査兵団の兵士長というのはそもそもあまり接点が無い。会う為の適当な理由など、作れるような立場でもなかった。もしも会えたとしても、リヴァイが覚えているかも分からない。そして、マホから「久しぶり〜」等と駆け寄っていけるような立場でも当然無かった。つまるところ、リヴァイからのアクションが無ければ最悪は今生の別れになりかねないのだ。
中途半端に相手を知ってしまってーそれも良い風にー、それ以上を知る機会に恵まれなければ、相手への探究心は募る一方で、それが恋なのかも分からないままに会いたい気持ちだけが膨れ上がっていた。

終始ぼんやりとしたままに作業を終えてトロスト支部に戻って来たマホは、エントランスでピクシスと向かい合う形で立っている人物の姿に気付き、一気に脳が活性化していくのを感じた。
会いたい気持ちが強すぎて幻でも生み出してしまったかと、パチパチと瞬きを繰り返してみても、その人物の姿は消える事は無かった。

「リ……ッ」

思わず名前を呼ぼうとして、すぐに踏みとどまる。
呼んだところで何だというのか。まだ、1人でいる所に出くわしたなら勇気を出して声も掛けれたかもしれないが、ピクシスと話している状況でマホが割り込むように声をかけれるはずがない。2人が話し終わるのを待つというのもおかしな話で、待っていたところで“会いたい”意外の理由が無いのだ。
それでも、今日を逃したらまたいつ会えるかけんとうもつかない。
相も変わらず無愛想な表情に鋭く冷たい瞳だが、怖い等と思っていた事が嘘のように、その姿にマホは焦がれていた。

「マホー?どうしたの?行くよー」

同じ班の仲間に不思議そうに声をかけられて、「う……ん、」と渋々した返事をしてはいるものの、マホの足はその場から離れようとはしなかった。
その仲間の声が耳に届いたのか偶然か、不意にリヴァイがこちらに視線を向けてきて、立ち尽くしたままのマホとバチッと視線が交わった。

今、どうすべきなのか。

挨拶をするのか、会釈してこの場を離れるのか、リヴァイが反応する前に近付いていって先手必勝で話しかけるか……あれよこれよと考えを巡らせているマホをジッと見ていたリヴァイの右手がブラリと無気力に上がった。
そうして、たった今のマホの葛藤を解決するかのように、クイクイと手招きしてきた。
確かに今、リヴァイが見ているのはマホであって、どう見ても“こっちへ来い”と手で呼んでいる。
その理由を考えるよりも先に、マホはリヴァイに向かって歩き出していた。
ほんの数メートルの距離が近くなればなる程に、マホの心臓は煩く騒いだ。
すぐ目の前に来れた、それだけで最高潮に胸は高鳴っているのに、あろう事かリヴァイの手がグイと徐に腰を抱いてきたので、心臓が止まるのではないかと、マホは本気でそう思った。
一体何がどうしてこうなってるのか、腰から伝わるリヴァイの手の感覚に、全身は沸騰しそうに熱くなっていた。だが、そんな状況になっているのはマホだけのようで、至って冷静な口調でリヴァイは向かい合うピクシスに言い放つ。

「悪いがじぃさん。今は間に合ってる」
「ほぅ?……マホとお前さんが?ついこの間に出会ったばかりじゃと思ってたが」
「ああ。女も積極的になった今の時代じゃ普通だ」
「……お前さんがそう言うなら仕方ないのぅ。先方には断っておく」
「そうしてくれ。おいマホ。行くぞ」

全く会話が見えないままに話を終えられ、まだ呆然としているマホは、リヴァイに腰を抱かれたまま引き摺られるように歩き出した。
何処に向かっているのか分からないままに付いてきて、入った場所は余り人の出入りの無い資料室で、連れて来たリヴァイ自身も此処が目的だったわけでもないのか、資料棚には目もくれずパッとマホの腰を抱いていた手を離した。

「悪いな。助かった」

その声にようやく我に返り、まだ腰に熱を感じつつもマホは不可解そうにリヴァイを見上げた。

「あの、これは一体ー…」

リヴァイはマホを見下ろしながら、何でもない事のように言った。

「あのじぃさん……ピクシス司令が懇意にしてる貴族……大方酒か碁の仲間だろうが、その娘との会食に付き合えとしつこかったんだ」
「会食ってつまり……」
「たまに貴族の娘でもそういう物好きがいやがる。くだらねぇが」
「それで“間に合ってる”と……」
「丁度お前の姿が見えたからな。利用して悪かった」

確かにその場を逃れる為の利用だ。けれどそこに嫌な気持ちは芽生えなかった。
きっとその場を逃れられるなら誰でも良かったのだろう。それでもマホの姿を見つけてリヴァイは手招きしたのだ。その瞬間は確かにリヴァイは
マホを見ていたのだ。そうして、何処ぞとの貴族の娘との会食よりも、マホと“間に合ってる関係”だと思われる方をリヴァイは選んだのだ。
偶然だろうがそれはマホにとって、願ってもない好機だった。
今ここで「それじゃまたー」なんて言って終わってしまえば、また次の機会が来るまでボーッとして過ごす事になるだろう。
ゴクン、と生唾を呑み込んでマホは気合いを入れるように、ウン、と大きく頷いた。

「り、利用したついでに、本当に恋人になるとか、どうですか!?」
「……何、言ってやがるんだお前……」

違う、間違えた……。
リヴァイの表情から瞬時にそう察したが、出た言葉が今更引っ込むはずもなく、先日古城に向かう道中の時のような、重苦しく嫌な空気が資料室に充満していた。

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