あれからどれくらい時間が経ったのか。ぼんやりとホールに座り込んでいたエイトに足音が聞こえた。ハッと視線を向けた先には、彼が待っていた人物がいた。それは全て終わったと言うことを示す。

「隊長……」

しかし歩み寄って来たクラサメは最初見た時よりかなりボロボロで驚いた。その肩に気絶したジャックを見つけた時には不安を感じ、また彼も同様にボロボロだと気付いた時には流石に不信感を抱いた。
そんなに強い敵だっただろうか。
疑念を含めたエイトの視線をクラサメは気にとめない。

「動けるか?」
「……俺はなんとか。ケイトは全く。呼吸はあるけれど意識を取り戻す気配がありません」

一応応急処置はしたし、無理矢理にポーションは飲ませた。後は早く帰還してきちんと治療を受けさせるだけだ。

「ケイトを任せても大丈夫だろうか。私はこのままジャックを運ぶ」
「分かりました」

背が低いとは言え流石に女の子を抱えること位出来る。色々と注意してケイトをお姫様抱っこよろしく抱えると、クラサメの後に続いた。クラサメは自身より身体の大きなジャックに肩を貸す形で歩いていて、エイトがこっそりと妙な親近感を感じていたのは別の話で。

「何があったんですか」

歩きながらとうとう聞いた。このまま無視などエイトには出来なかった。

「あいつ、あの時普段と雰囲気が違って。それを見たら胸騒ぎがして。戻って来たらこの状態で」

歩みを止めないのは分かるが、全くエイトに関わらないクラサメに焦れる。答える気が無いようにしか見えない。

「っ、仲間のことなんだから教えてくれたっていいじゃないか!」

強い口調で言うと、クラサメが少しだけ反応した。ちらりとエイトを見る。けれどすぐに視線を戻したのでエイトもそれ以上言えず、もどかしさにただ苛々が募った。

「……案ずるな、お前の考えてるようなことは無かった」

暫く歩いたところで、ようやくクラサメがぽつりと喋った。それはどこか濁したような言い方であったが、自分の悪い推測が外れたと分かっただけでエイトには十分だった。今更ながらようやく安心出来た気がする。

「そう、ですか。……良かった。俺、ジャックが遠くに行っちゃう気がしてて……そっか、そうだよな。お前はお前だよな」

意識を失ったままのジャックにエイトは安心した笑みを浮かべた。あの時の予感は気のせいだ、エイトはそう思うことにした。
その様子をわざと見ないように、ただ前だけを見てクラサメは言った。

「ジャックはお前が思ってるより強いぞ」

そう話すクラサメは、なぜか少し楽しそうだった。




後日。
一人廊下を歩くクラサメに声を掛けてきたのは珍しくジャックだった。

「どうした、泣きついても補習は取り消さないぞ」
「えー、隊長ひどーいっ」

振ったのは自分だが、便乗してすぐふざけるジャックに溜め息を一つ。

「……それで、本当は何の用だ」

仕切り直せば「ああ、そうそう」とあちらも軌道修正。

「この間のお礼を言おうと思ってね〜」

当然ながら浮かんだのはあの制圧戦のことだった。あの後すぐに任務完了の旨を伝えれば作戦は終了、無事に砦を取り戻し朱雀はまた一つ前進した。ケイトとジャックも魔導院の治療技術のお陰で数時間後には何事も無かったかのように調子を取り戻し、あの日は終わった。

「礼などいらん。指揮隊長とはそういうもので……」
「違う違う」

クラサメの言葉は途中でジャックの否定に遮られた。
少しだけ、ジャックがくすりと笑う。

「エイトに話さないでくれたことだよ」

一瞬あの時と同じ気配を感じた。
本当に一瞬で、今はもう誰もが知ってる彼だった。勘違いかと思ったが、知らずに握っていた右手の拳に気付いて、フッと笑いが漏れる。

「仲間だからこそ教えたくないことだってあるからね〜」

にこりと笑った目の奥の感情で、クラサメは察した。
残酷に冷徹に敵を切り捨て、強者を求め戦いを楽しむ。普段とは間逆な感情も、彼の本質の一つなのだと。
隠してるのは周りに気を使って、といった所か。

(面白い奴だな)

あれは本当に周りが見えていなかったのか実は疑っていたのだが、それはもう些細なことでクラサメにはどうでも良かった。
さらっと言うジャックに一つだけ尋ねる。

「その仲間にさえ隠している事実を私に教えて良かったのか?」

不思議と口元がニヤリと笑っていた。マスクを付けているからジャックには分からないだろうが。
クラサメの最もな疑問は案外簡単な理由で消え失せた。

「だって、隊長は僕と同じだからね」

ああ、そうだよ、ジャック。
私もあの戦いが楽しかった。




(僕の役割は皆の傍で笑うことだから出来るだけ、ね?)
(あの時はほんとに暴走しちゃったから止めてくれて助かったよ〜)
(でも楽しかったよ、隊長)



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