しとしとと降る雨は一向にやむ気配を見せない。この地方の特色だと文献で読んだことがある。この冷たい雨の中長時間いればそれだけで体温は下がり体力は奪わる。 しかし、今身体がこんなにも重たいのはなにも雨だけが原因ではなかった。 引きずる足、感覚の無くなった腕。 自分でも分かっている。 俺はもう保たない。 周りには似た状態の仲間達がいた。肩を押さえうずくまる者、足の機能を失い倒れ込んだ者、体力も魔力も尽き動けない者。俺を含め、ここのみんなは撤退など出来ない状況だった。元々蒼龍軍の想定外な動きでこんな厳しい撤退を余儀なくされたんだ。足手纏いとなる俺達を回収する程朱雀に余裕はない。戦闘能力を失った負傷兵に貴重な戦力を割くわけにはいかないから。 俺達はここで置き去り。 当然の判断だと思う。 「嫌だ!こんなとこで死にたくない!」 「連れてって……ねぇ、連れてってよぉ……!」 「置いてかないでくれっ……!」 聞こえてくる周りの声。必死に助けを求めても、それに応える相手なんていない。先程、撤退の殿を務めている0組に会った。彼等がここを通って行ったということは、もうここを通る朱雀軍はいないということ。俺達はただ蒼龍軍の兵士やモンスターが命を奪いに来るのを待つか、このまま自然に力尽きるのを待つか、それだけだった。 「……ぐっ…」 視界が歪む。今までなんとか立っていたのだが、そろそろ力が入らなくなってきた。作戦失敗時に負った傷がずっと痛い。 ふらふらになりながらも、俺は0組に託した手紙のことを考えていた。 この作戦が始まる少し前。あの人に、エミナさんに、自分の思いを伝えると決めた。いつの日か初めて見かけたあの人に一目惚れしてから、ずっと彼女を追いかけていた。水着が好きだと聞いたのでプレゼントしたら、その時の「ありがとう!」って笑った顔がとても素敵で。話をするととても優しくて。そんなエミナさんが好きだから。 0組のみんなは俺のことを応援してくれて、水着や指輪の用意を手伝ってくれた。彼等がいなかったら思いを告げる覚悟なんて出来なかっただろう。 そんな0組にこのタイミングで会えたのは、俺にとっては奇跡だった。エミナさんへの思いを綴った手紙。本当は俺が自分で渡したかったけど、無理だから。せめて、せめて彼女の手に渡るように。 「手紙、届くといいな……」 0組は引き受けてくれたが、それが確実に届くとは限らない。届かなくても彼等のせいではない。不甲斐ない自分のせい。 だから、可能性があるだけで十分だ。 どさっ。 大きな音。ああ、俺が倒れた音だ。 そういえば、シノが話があると言っていたっけ。なんだろう。俺の用事が済んでからって、なにか関係あったのかな。大事な話、とも言っていた気がする。 ごめん、シノ。ちょっと無理だよ。帰れそうにないんだ。ごめん。 さっきまで聞こえていた雨音が遠い。 0組、俺からは何もしてあげられなかったのにいつも頼み事を聞いてくれてありがとう。 白虎から無事に戻って来てくれた時は心の底から嬉しかったよ。 横向きになった視界が狭くなる。 エミナさん。こうならないようにって決意したのに。ずっとずっと好きでした。本当に、もっと早く伝えていれば良かったです。さようなら。 もう限界…だ……俺……は………。 (死ぬのが怖くないわけじゃない) (時代に文句を言ったって仕方ないんだ) (シノ、君はこんな風にならないで…) ←→ 戻る |