16 心





「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。 組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!」

「人使とは嫌だ……人使とは嫌だ……」
「ス●ザリンは嫌だみたいに言うなよ……」


昼休憩も終え、最終種目の組み合わせ決めの時間。 主審ミッドナイトがくじ箱を持って説明を始めるが、久治木は自身の両手を固く握り、ずっと独り言を呟いている。
「人使とは嫌だ」
彼女が頻りにそう呟く理由は最終種目の内容にあった。
今年の最終種目はトーナメント形式のガチバトル――謂わば、個性と個性のぶつかり合いだ。 そして、心操の個性は“洗脳” 彼の問いかけに答え且つ彼が洗脳スイッチを入れれば個性は発動する。紛いもなく強個性だ。 そんな彼と頻繁に話す久治木に勝てる算段は今の所ない。
だから、彼と初戦では何としても当たりたくなかった。


「あの……! すみません」


そんな中、1人の生徒が挙手をする。
久治木も呟くのをやめ其方を見ると、先の騎馬戦で心操の洗脳にかけられていた、尻尾が特徴的な男子生徒だった。


「俺、辞退します」
「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ」
「多分奴の個性で……」


彼――尾白猿夫はなんと最終種目の棄権を申し出た。
“奴”というのは心操の事を指しており、それに反応した数人の生徒は彼の方を見やった。心操はというと、自分に集まった視線から逃れるように尾白から目を外す。 その表情は、何処か憂いが籠っていたようだった。
尾白の話を聞いてみれば、彼は自分の記憶が不確かなまま、皆と同じ場に立つのは自分のプライドが許さないということ。
また、同様の理由で同じく久治木らと騎馬を組んでいた庄田二連撃も棄権を申し出る。

久治木はそっと、拳を握った。
自分たちが彼らを洗脳してまで騎馬を組んだのは、“組む相手が居なかったから”だ。 予選通過者の9割以上がヒーロー科。加えて体育祭前日の心操の宣戦布告……。状況を一言で表すとしたら“アウェー”そのものだろう。

――だけど。
だからと言って、本当に彼らに洗脳をかけるべきだっただろうか? 彼らのような真面目な相手なら、話し合えば協力してくれたのではないだろうか?
自分の目的の為に、彼らのプライドを傷つけて良かったのだろうか?


「久治木」
「っ、人使」
「……仕方ないだろ」


横に立つ心操はそう言って、久治木と同じように拳を握った。 苦渋に満ちた表情の奥に見えるのは、決して揺らぐ事のない決意。
――そうだ。人使は……いいや、私たちは、将来の為に此処にいる。

“ヒーローになる”

たった1つの夢を叶える為、彼らは此処にいる。
久治木にとってこれは、“心操が与えてくれたチャンス”なのだ。 もし、彼女に心操がいなければ最終種目に残ることは不可能だっただろう。
ヒーロー科に入学、というスタートが遅れてしまった以上、彼らはどんなチャンスも無駄にすることなど出来ない。
――それが他に嫌悪される道だとしても、だ。

彼らにとって、この最終種目は“個性のぶつかり合い”などではない。


「負けるなよ」
「お互いね」


“心”
それを如何に強く持ち続けるかだ。



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