あの事件から3日が経った。
あの日から私は、仕事の合間に真犯人の手掛かりを探し始めたのだが…

『手掛かり一切無しはキツいなあ…』

はあ、とため息を漏らしてベンチに腰を掛けた。
ざわざわと賑わいを見せるセントラルシティの大通りは、鉄事件を忘れたかのように笑顔で溢れていて少しだけ安心する。
被害にあったお店やお家も、なんとか試行錯誤して看板や扉を一時的に直していて。

『…よし!』

自分の頬を強めに叩いて腰を上げる。
今もこうして頑張っている皆とエドの為にも早く真犯人を見つけなくては!




「……張り切って捜査しているのは百歩譲って良いとしよう…だが、休息も必要だと思う」
『えー?だからこうして今、休んでる!』
「いや、それはそうだが……」

司令部に戻れば私を待っていたらしいロイに捕まって仮眠室まで連れてこられて、あっという間にベッドに寝かされた。
今がお昼休憩と言うこともあり、有り難く休ませて貰っているのだけどロイはちょっと不満げで。

「夜は相変わらず寝れていないのかな」
『うーんと、ちゃんと寝れて…』
「本当の事を言わないとキスする」
『寝れてません』
「即答されるのも傷付くんだが…」

そう言って笑ったロイを見て、自然と布団を口元に引き寄せた。

『…そう言うのは本当に好きな人にしか言っちゃ駄目だよ』
「だから言ってるんだけどな」
『……意味わかんない』

そう言って目を閉じる。
ロイはいつだってそうだ、他の女性にするように私にもそうやって甘い言葉を掛けて。
私じゃなければ勘違いしてしまうだろうに。

「…ななしはもうちょっと自信を持って良いんだよ」

そう言って私の頭を撫でてくれたロイは、何だか悲しそうな淋しそうな声でそう呟いた。
その声に思わず目を開けたくなったけれど、唐突に睡魔が襲ってきてそれは叶わないまま私は眠りへと落ちていく。

「……おやすみ」

完全に落ちてしまう直前に聞いたのは、ロイのそんな言葉で。
おやすみ、と頭の中でロイに返した。




ぱちりと目を覚まして体を起こす。
幾分か軽くなった体を伸ばして壁掛け時計を確認すると、丁度休憩が終わるところで。
ロイが座っていた所には誰も居なくて、仮眠室自体がしんと静まり返っている。
30分程しか経っていないのに目を覚ましたのは、ロイが居ないからだろう。

『良かった、また遅刻するところだった…』

慌ててベッドから出て歩き出せば、くらりと立ち眩みがして咄嗟にベッドに手を置いた。
はあ、と息を吐いて目を閉じる。

『……うし!』

立ち眩みが治ったと同時に起き上がって、仮眠室の扉を開けた。
そこには真剣な顔をしたロイとまたまた真剣な顔をしたリザが居て、こちらに気づいたロイがふっと笑って頭を撫でてくる。

「寝癖付いてる」
『えっ、わ、ありがとう!…二人ともどうかしたの?』

いそいそと両手で寝癖を直しながら聞けば、二人で顔を合わせてからリザまでもが不自然なほどに笑顔で。

「何でもないの」
「それよりも、まだ休んでいた方が良いんじゃないか」
『?大丈夫だよ!さっき沢山寝かせて貰ったし…なるべく私個人の都合で仕事をサボりたくないし!』
「大佐も見習うべき心掛けですね」
「うぐ…」
「さ、執務室に向かいましょう」

何だか話を逸らされた気がするけど、そう言うことなのだろう。
多分、何かとても大切な事で私には話せない重要な事なのだ。
…となると、あまり私が首を突っ込むのも良くないものなのでこれ以上は話題に出さないようにしなければ。

私は私で、午後の仕事とその後の真犯人探しに腰を入れて取り組もう。



午後の仕事も無事に終え、いつものようにセントラルシティを見て回る。
随分と薄暗くなった空だけど、大通りは流石キラキラしていて未だ活気に溢れていた。

『…今日はこっちを見よう』

ふと目に留まった小道に惹かれるように入ると、そこは灯りも街灯くらいで人通りも少ない。
女性が一人…男性も見たところ一人。
お店も殆ど展開していなくて、手掛かりと呼べるものは無さそうだ。

はあ、とため息を吐いて来た道を戻ろうとした時、目の端に映った女性の上の影。
その影が何なのか瞬時に理解した私は、振り返ると同時に地面へと手を付けた。
手を付けたところから何か白い光が女性まで走り、その瞬間女性を守るようにして青白いクリスタルのような氷が出る。

「えっ、」
『動かないでください!それと、耳を塞いで!』

女性が驚いて逃げないようにと大声で釘を刺せば、その声に驚いてピタリと動きが止まった。
私の言う通りに耳を塞いだ女性に向かって落ちてくる物。
それは、とてつもなく大きな音を立てて氷に当たり女性の目の前へと落ちた。

「へ、な、なに…」

それを見た女性は驚きと恐怖のあまりか腰が抜けてしまったようで、急いで駆け寄る。

『大丈夫ですか、怪我は…』
「な、ない、です、有り難うございます…」
『いえ、そんなの……』

とても怖かったのだろう、私の軍服の袖をギュッと握った手から体が震えているのが伝わってきて思わず背中を擦った。
チラリと落ちてきた物を見れば、それは二メートルはありそうな鉄の棒で。
これが人に当たったら、と想像するだけで背筋が凍った。

「今の爆音はなんだ!?…少佐!」
『あ、どうもです…!』

騒ぎを聞き付けたのだろう同じ軍服を着た男性が走ってくる。
その姿をよく見れば、少し前に朝話し掛けてきてくれた人で。

『この間の!』
「覚えていて頂けていたとは……」
『覚えてますよ!子供の頃とか、オバケとか…大分恥ずかしいお話をしてしまいましたし、』
「いえいえ、そんな…貴重なお話で」
『じゃなかった!この女性の上に大きな鉄の棒が降ってきて…』
「え!?鉄!?」

男性は目を丸くして鉄の棒と女性を交互に見る。
周りに工事現場なんて無いし、民家だらけのこの道で鉄の棒なんて言われたらそりゃそうなるよね。

「…なるほど、それで少佐の氷がここにあるんですね」
『おお、理解が早くて助かります!』
「流石"氷晶の錬金術師"様です!いつ見ても綺麗で…!」
『えっ、と…様は止めてください、て言うか前にもお見せしましたっけ?』
「はい、一度!」

はて、見せた事なんてあったかなとくびをかしげるが結局はまあいいか、と自己完結。
そして未だにガタガタと震えている女性を見て、静かに優しく声をかけた。

『立てますか、お家まで送っていきます』
「あ、あの、私…」

涙目で見つめてくるその顔を見て、ふと昔の記憶が蘇る。
褐色で、赤目の人たちもこんな風に恐怖で震えてた。
思い出したその光景に心臓が握り潰されるように痛くなる。

『…、ロイを、マスタング大佐を呼んできてもらえますか』
「マスタング大佐ですか?」
『はい、多分まだ執務室にいらっしゃるので…それと、この件は大佐以外には内密にお願いしたいです』
「分かりました、少佐の命令とあれば」
『有り難う御座います、お願いします』

敬礼をした男性は慌ただしく走っていく。
仲間思いのロイだもの、恐らく直ぐに来てくれるだろう。
…今は胸を痛めている場合じゃない、目の前の人をケアしないと。

『大丈夫、落ち着いて下さい。深呼吸して』
「は、はい…………」
『これから来てくれる方は、私よりも何倍も強い方です。あなたを必ず守ってくれますから、もう二度とあんなことは起こりません』
「…ありがとう、ございます」
『あなたが無事で本当に良かった』

背中を擦ってそう微笑む。
深呼吸をした女性は幾分か落ち着いたみたいで、ぎこちないけれど笑い返してくれて一安心。

ロイが来たら事の経緯を説明して……そして、今も何処からか感じるこの視線の事を話さなければいけない。





2019/02/18






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