今日は何だかおかしい。
いつもなら朝早く出勤するはずなのに、ぼうっとしてしまったせいで遅刻ギリギリだし。
朝ごはんも食べ忘れてしまったし、玄関を出たその先で転んでしまったし。
いつもならしないミスを連発してしまって、しかも嫌な予感までもしているのだ。
『ううう、怒られる!急がなくちゃ…!!』
泣きたくなるのを押さえて、セントラルシティの大通りへと走った。
あとは真っ直ぐ進めば五分で着く、と言うところで目の前に沢山の人だかりが見えて思わず足を止める。
『もー!こんな時に…!』
「軍人さんか!良いところに!」
『何かありましたか?』
「これを見てくれ!」
『え?……これは…』
私の軍服を見て声を掛けてきたおじさんに言われるがまま視線を移せば、そこには沢山の看板や撒き散らされた水、見るも無惨な車のようなもの。
『な、何ですかこれ……荒れ放題…』
「それが突然…看板をぶら下げていた鉄製の金具が消えてしまって…」
「うちは鉄製のジョウロが」
「俺なんて車が!」
「店のドアの金具が消えたんだよ!」
『え?え!ええ!?』
ずいずいと押し寄せる住民に後退りしつつも、その摩訶不思議な光景を目に焼き付ける。
……本当に鉄製のものだけ無い。
『誰がこんなこと…』
「あの!私、見ちゃったんです!」
横から手を上げて名乗り出た女性。
大人しそうなその女性は、一斉に視線が集まった事によりオドオドしつつこう言ったのだ。
「ブロンドヘアーで背の小さい男の人が、青白い光と共に金属を集めて持ち逃げる姿を…」
『ロイ!』
勢い良く執務室のドアを開ける。
ここまで走ってきたせいで、息が少々上がっているけど気にする余裕も無くて。
だって、そんなのって!
「ななし、随分と遅かったな。心配していたんだぞ、何かあったか?」
『や、それが…それが…!』
「落ち着いて」
『リザ…』
「何があったんだよ」
ハボック達の心配そうな視線に、大きく深呼吸してから先程の説明した。
「ほう、ブロンドヘアーの小さい男か…」
「青白い光、と言うのは錬金術…でしょうか」
「だろうな」
「それってやっぱり鋼の大将の事…っすよね」
『で、でもエドがそんな事する?目的は?』
「いや、それは」
『無いよね?鉄だけを集める理由なんて…!』
「ななし、落ち着くんだ」
ロイの言葉によって口を閉じる。
震える手を胸にあてて深呼吸をし、心を落ち着かせようとしたけれど一向に胸の鼓動は落ち着かず。
「…中尉、鋼のをここに呼んで来てくれ」
「了解しました」
『ロイ!』
「取り敢えず本人から聞いてみないと分からないだろう」
『……っ』
リザが電話を掛ける為に出ていった扉を見つめて拳を握りしめれば、視界の端でフュリーが此方を心配そうに見ているのに気づいて。
慌てて、大丈夫だよと笑いかけた。
「よお」
「こんにちは」
『…!エド!』
「おわっ!」
暫く経って現れたその兄弟は呆れるくらい呑気な顔をしてやって来て、その姿に何だか安心して抱きついてしまう。
いつもリザを抱きしめているからか、はたまたロイに抱きしめられているからか。
その行為に妙に慣れてしまった私はエドの頭をわしわしと撫でつつ抱きしめていたのだが。
「少佐、仕事中だぞ」
『…はあい』
ロイのちょっと強い声に大人しく体を離した。
ロイが私の事を少佐って呼ぶ時は大体怒っている時な気がする。
「…で、何の用だよ」
「ちょっと兄さん、その言い方は駄目だよ」
「心当たりは無いのか、鋼の」
ロイがそう言うと、はあ?と間抜けな声を出して頭を傾げた。
「心当たりぃ?無いね、そんなの」
「鉄をコレクションする趣味は」
「はあ?そんな趣味あるわけ無いっつーの!」
『…!ほらね、ロイ!』
期待通りの言葉に思わずロイの元へ駆け寄る。
ロイはそんな私を見て、くすりと笑ってから頭に手をポンと乗せた。
「落ち着きが無い子だな」
『ご、ごめん』
「怒ってないよ」
「おーい、いちゃつくんだったら帰るんだけど」
「兄さん…!」
呆れた様子のエドに慌てた様子のアルフォンスくん。
いちゃついたつもりは全く無いので、首を傾げればロイが咳払いを一つ。
「…今朝、ななしが出勤途中に遭遇したそうなのだが」
「はあ!?それでオレが疑われてんのかよ!」
「兄さんはそんな事しません!」
『だよね!』
「だが、ブロンドヘアーの小さい男が錬金術で鉄を盗んで回っているのは事実だ。錬金術師である鋼のが疑われてもおかしくは無い。」
「ブロンドヘアーと錬金術は聞き流しても良いが、小さいは聞き捨てなら無い!」
『二つは聞き流してもいいんだ…』
エドは、ふん!と怒ったようにしていて、いつもならアルフォンスくんが宥める所なんだけど…
静かだ。
何かを考えている様に静かなアルフォンスくんの顔を覗き込むように見る。
『何か気になる事がある?』
「あ…はい、えっと…実は数日前にフードを深く被った男性と遭遇したって言うか…」
「フード?」
「はい、ボクとぶつかって…此方を見るや否や、慌てたように走り去っていったので覚えていて…」
「初耳だぞ…」
「兄さんが寝てる時に、たまたま夜空を見に行ったんだ。その時に」
『…怪しくない?』
「ああ…」
『身長はどのくらいだった?』
「えっと、兄さんとさほど変わらなかったと思います」
『…ロイ』
「そうだな…中尉」
「はい」
「頼めるか?」
「任せてください」
リザは得意気に微笑んでからロイに敬礼をする。
堅苦しいなぁなんて思うけど、私が緩すぎるのかな…と自問自答。
「兎に角だ。犯人が割れるまで君は疑いの目で見られるだろう」
「だろうな」
「あまり派手な動きはしないように」
「へいへい」
「それとななし」
『はいっ?』
「間違っても一人で突っ走らないように」
『…はい』
ロイに釘を刺されて喉が詰まる。
…これから一人で調べようとしたの何でバレたんだ。
「また何か掴めたら召集を掛ける。今日はもう行って大丈夫だ」
「けっエラソーに」
「兄さん!大佐だよ!」
『え、エド!』
「ん?」
『…気をつけて』
「おー」
大きめな音を立てて閉まったその扉を見つめてため息が漏れる。
横に居たロイが頭を優しく撫でてくれて、緊張して張っていた糸が切れた様に力が抜けた。
「大丈夫か?」
『うん…ごめんね』
「…何か探るときは私に話す事。」
『え?』
「何をどう注意してもななしはきっと一人で突っ走るからな」
『…何でそんなに私に詳しいの』
「さあ?」
クスリと笑ったロイをじとりと睨む。
私の考えと行動は全てロイに見抜かれている気がして、なんだか恥ずかしい。
『仕事して落ち着こう…』
「このまま二人でデートに」
『行きません!犯人を調べてくれているリザの分まで書類捌かなくちゃです!』
「つれないな」
『もー…』
「て言うか、二人だけの空間じゃ無いんすけど」
『ハボック…!』
突如上がるその声にハッとする。
そうだ、何だか盛り上がっちゃって忘れてたけどリザ以外皆居るんだった。
「ななしは兎も角大佐はチラチラ見てきて…何なんすか、見せつけ?」
「良く分かったな」
「いい性格してますわ、本当」
『え!ロイ気付いてたの!教えてよ!』
「寧ろなんで忘れられるんだよ、視界に入るだろ」
『そ、それどころじゃ無かった!』
「ななしはもう少し周りを見た方がいい」
『ぐっ……』
ロイの発言に言い返せない私は、それを笑いながら見る三人を横目に自分のデスクに戻るのだった。
兎に角、今ある仕事を終わらせてリザを手伝わなければ。
エドが疑われたままなんて絶対に嫌だから。
2019/01/23