ななしを抱えたまま中央指令部の仮眠室へと入る。
そこに用意されているベッドの一番端、窓際まで行きゆっくりと寝かせた。
丁寧に布団を掛けて自分はベッドの横に椅子を持ってきて座り、その間も全く起きる気配の無かった彼女を見つめる。
良く見れば、彼女の目の下には薄くクマが出来ていて。
私は、それをなぞるかの様にななしの顔に触れた。
「…これでも、幾分か治ってきたんだがな」
内乱後に再会した時、彼女の顔には生気が無くクマも濃く出ていた。
そんな姿をもう二度と見たくなくて、なるべく側に居ていつでも寝られる様にしていたが…その効果がようやく出てきたようだ。
あの時から何年も経っているのにも関わらず、未だにクマが消えないのは彼女が自宅で眠れていないからだろう。
「一緒に暮らせれば」
そんな言葉が自然と自分の口から漏れて笑いそうになる。
まさか自分からそんな言葉が漏れるなんて、過去の私は想像もしていないだろうな。
ななしと出会って、自分自身かなり変わった…と思う。
情報収集として女性と食事に行くのは勿論、女性から誘われたら断らなかった。
……勿論、男女の関係といったものは元から断っていたが、それ以外ならほとんど。
だが、今は違う。
情報収集としての食事は勿論今でも行くときはあるが、相手からの誘いは全て断っているのだ。
「…君が、私の全てを変えた」
それほど私はななしに心を奪われているのだ。
ななしの顔に触れていた手を動かして髪の毛を触る。
さらさらとしたその髪は昔よりも大分伸びていて、ちゃんと手入れをしている事が分かるくらい毛先まで綺麗だ。
この綺麗な髪の毛を見ていると、どうも昔の事を思い出してしまう。
「……もう君を独りにはさせない」
そう呟いてななしの手に触れる。
自分の手よりも一回りも小さいその手を確かめるようにふにふにと触っていると、
少しだけ唸ったななしが私の手を握るように力を込めた。
その姿が愛しくて堪らない。
「好きだよ」
呟いた言葉は、誰の耳に届く事もなく消えていった。
時計の秒針が進む音が聞こえて目を覚ます。
天井を見て、すぐに仮眠室だと理解した私はむくりと起き上がった。
『…ロイ?』
横を見れば座ったまま器用に寝ているロイが居て、どうやら私の手を握ったまま寝ているようだ。
『おーい、風邪ひいちゃうよ…』
そう声を掛けるも起きず。
握られたままの手が妙に恥ずかしくて、離そうと力を入れたが中々離れない。
『ロイの手、大きいなあ…』
私の手よりも大きい手。
まじまじと見ていると何だか不思議な気持ちになってきてしまう。
『ちょ、ちょっとだけ…』
妙な好奇心が湧いてきた私は、何とか手を動かして指を絡める。
…所謂、恋人繋ぎだ。
『わー、わー…!初めてだ!こんな感じなんだ…!』
恋人繋ぎをした事が無い私はハイテンションでそれを見つめる。
普通に繋ぐよりも、密着度が増すからかドキドキしてしまいそう。
『ふんふん、どういう感じか分かったし、ロイに見つかる前に…』
離れてしまおう。と、手に力を込めるが動かない。
『あ、あれ…さっきよりも力が強い気が…』
「もう離すのか?」
『ろ、ロイ…!』
突如声が聞こえて慌てて見れば、大きく欠伸をしたロイと目が合って、途端に顔が熱くなる。
『あ、あの、その』
「これは寝込みを襲われたって事でいいのかな」
『襲ってない!その、恋人繋ぎってどんな感じかなって!思ったから…す、すみません…』
恥ずかしすぎて下を向けば、ロイが笑う声が聞こえて。
恋人でもないのにこんな繋ぎ方しているのを、よりにもよって本人に見られてしまうなんて。
「こうやって繋ぎたければ言ってくれればいつでもするのに」
『えっ!?や、その…興味があっただけだから…!気の迷いだから!』
「…気の迷い…」
『あれ!?何で落ち込んでるの…?』
ちょっとだけ落ち込んだ様子のロイだけど、繋がれている手は離れそうにない。
どうにかして離そうと考えていると、ロイがちらっと壁掛け時計を見た。
「…やっぱり、三時間だな」
『え?…あ、本当だ』
「もっと長時間寝られれば良いんだが」
普段寝られない私は、ロイが側に居てくれればぐっすり寝られるのだけど…それでも三時間だけしか眠れない。
三時間経つと、どうしても起きてしまうのだ。
『寝られるだけ充分だよ!感謝してます!』
「そう言ってもらえると有り難いが……夜は、眠れているのかな」
『…あー…うん、多分眠れてる!』
「多分ってなあ…」
家では眠れてるか眠れてないか分からない位だけど、それをロイに正直に伝える訳には行かない。
「もしも眠れていないのなら、」
『寝れてるよ!だから、大丈夫!』
にこりと微笑んでロイの言葉を止める。
きっと、家においでとか優しい言葉を掛けてくれるに違いない。
ロイは大佐という地位に居て、仕事もそれなりにあって。
部下である私達を纏め上げなければいけない、とっても忙しい人なのだ。
そんな多忙な彼を、仕事以外の時間まで縛るわけにはいかない。
「ななし」
『?』
「もっと頼ってくれていい」
真剣な眼差してそう言われるものだから、胸が大きく鳴ってしまう。
『あ、と……その………………ん?』
「ん?」
『まって、今さっき何て言った?』
ある事を思い出した私は、ぷるぷると震えてロイを見る。
聞き間違いでなければ恐ろしい事で、時計を見ることが出来ない。
ロイは不思議そうな顔で私の質問に答えてくれた。
「もっと頼ってくれていい」
『ちっ違くて!もっと前!』
「もう少し長時間寝られれば」
『その前!』
「三時間だな」
『……うわああ!!!』
私の大絶叫に、ロイがびくりと身体を動かしたけど気にすること無くベッドから飛び起きる。
寝ていたことによって乱れた髪を急いで直して、軍服も整える。
やっぱり、やっぱり、やっぱり!!
「ど、どうした」
『三時間寝ちゃった!仕事!』
「それくらい」
『良くない!本当に良くない!』
お昼休みを盛大に過ぎていた事に気付いたのだ。
いつもならお昼休みだとロイが起こしてくれるのだけど、今日は寝ちゃってたから…
『あっ今私ロイのせいにしようとしちゃった!ごめんなさい!』
「?良くわからんが…まあゆっくり行けばいいさ」
そう言ってもう一度欠伸をするロイ。
私は、そのロイの手を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。
『駄目だよ!行こ!』
「ななしはせっかちだな」
『せっかちとかそう言うレベルじゃない遅刻だよー!』
微笑んで此方を見てくるロイにそう言って、仮眠室を出る。
引っ張るようにして歩く私をロイは面白そうに見て抵抗もせずに着いてきてくれる。
『ねえ、』
「ん?」
『…いつも、ありがとうね』
「何だ、急に」
『三時間だとしても、ちゃんと寝られるのはロイのお陰だよ』
そう言って笑えば、ロイは少し驚いた表情をした。
引っ張っていた手が軽くなるのを感じて横を見れば、ロイが同じ歩幅で歩いていて。
『…ゆっくり行くんじゃなかったの?』
「気が変わった」
『なにそれ!』
ロイは、クスクスと笑った私の頭を優しく撫でて微笑んだ。
その表情に胸が高鳴って、思わず胸を押さえる。
「さ、急ぐか」
『リザ怒ってるかな』
「……やっぱりこのまま帰ろう」
『駄目だよ!』
一瞬にしてイヤイヤモードに入ったロイを宥めて、私達は執務室へ向かった。
2019/01/14