「ななしさん!」
『ん?…アルフォンスくんとエド!こんにちは!』
「こんにちは!」

後ろから声を掛けられて振り向けば、そこには国家錬金術師のエドワードと弟のアルフォンスくんが居て、思わず駆け寄る。

『此処に居るなんて珍しいね?』
「ヒューズ中佐に用があったんです」
「あんま来たく無いけどな」
『ふふ、エドっていつもそればっかりだね』

会うたびに聞くその言葉に笑えば、笑うな!とエドに怒られた。

『そう言えば、お昼ご飯食べた?』
「いや、まだ」
「急いでたから…」
『そっか!じゃあ一緒にご飯食べようよ!』



そんな私の発言により、3人でご飯を食べに行くことに。
お昼休みとは言え、外に出るのだから一応…とロイにご飯に行くことを伝えてから中央指令部を出た。

『あのね、お勧めのお店があるんだ!』

そう言って二人を連れ出した私は、セントラルシティの外れにある小さなカフェに案内した。
お店に入ると、天気が良い事もあってテラスにある席に案内され、そこに座る。

『これ!お勧めなの!』
「へー…カフェって言ってもがっつり系の食事もあるんだな」
「これ兄さん好きそう!」
『ほんとだ!好きそう!』
「これはアルが好きなやつだな」
「本当だ!」
『身体が戻ったら食べに来ようよ!』
「はい!食べたいものリストに書いておこう…」

暫く3人でメニューを見て、それぞれが好きなものを注文した。
食事が届くまでは他愛もない世間話をしたのだけど、それが意外と面白い話ばかりでお腹を抱えて笑ったり。
注文したものが来た後は、エド達のお話を聞きながらご飯を食べた。





「…1つ聞きたいんだけどさ」
『何?』
「大佐と付き合ってんの?」

思いもよらない質問に、食後のデザートと称して口に運んでいたココアが気管に入って噎せる。
げほげほと咳き込んでいると、アルフォンスくんが背中を擦ってくれたのだがエドは頬杖をついて笑って此方を見ているだけで。

「すげー動揺の仕方」
『けほっ…突然そんな変な事聞かれたらそりゃこうなるよ…!』
「で、実際どうなんだよ」
『どうって……上司と部下の関係だよ』

ずっと擦ってくれていたアルフォンスくんにお礼を言ってから、そう答えればエドは驚いた様な表情をしていて。
何をそんなに驚くのか、とアルフォンスくんを見れば、コチラも驚いたように固まっていて。


「ま、まじで?」
『え?え?何でそんなに驚くの?』
「大佐とななしさんが付き合ってる…って噂を良く耳にするもので、てっきり…」
『んんんん?』


アルフォンスくんのその言葉に、これでもかと言うほど頭を捻る。
そう言えばハボックからも聞いたなあ…勘違いしてる人が居るって…


『何で皆そんな風に思うのかな…』
「……」
『な、なに』
「あれだけ人前でイチャついといて言うセリフかよ…」
『イチャついた覚えは無いけど……!』
「抱きしめ合ったり」
『ロイから一方的にね?』
「人目を気にせず好きって言い合ったり」
『それもロイから一方的にね』
「手を繋いだり」
『はぐれたら困るからってロイが』


噂になっているであろうその理由は、どれもがロイからのもので。
一切そういった関係は無いよ、なんて言葉を投げれば二人とも察した様に頷いた。

「…大佐の一方通行かよ」
『え?』
「ななしさんって驚くくらい鈍感な時あるもんね」
『あの?』
「今みたいにな」
『…話が読めないんですが……』


一歩通行やら鈍感やら、良く分からない話をされても……と手元のココアを一口。

「ななしは大佐の事どう思ってんだ?」
『な、なに急に』
「まーちょっと興味があって」
『何それ…?』

イタズラをした子供みたいな笑顔を見せたエドにアルフォンスくんが話しかける。
弱味、とか揺する、とか何だか不穏な言葉が聞こえたけど……聞こえないふりをしよう。

『ロイは……大切だよ』
「いつから一緒にいるんだ?オレ達と出会った頃から一緒だった気がする」
『いつから…………出会ったのは、イシュヴァールの内乱が起こるちょっと前からかな』


しん、と静まり返る。
何だか重い空気になってきてる気がしてエド達を見れば、思った通り。

『…変な顔!』
「変な顔ってなんだよ!馬鹿にしてんのか!」
「ちょっと、もう!兄さん!」
『ふふ!』

少しだけ軽くなった空気の中ココアを見つめる。
ココアにはゆらゆらと揺れる私が映っていて、私なのにまるで私じゃないみたいに見えて少し恐くなった。

『私はね、ロイに命を助けて貰ったんだよ』
「……え?」
『内乱が起こった後ね、私は生きてるのか死んでるのか分からないくらいな状態だったの』
「…それは、怪我をしたから…とか」
『んー……怪我は全く無かったよ。何て言うかな……動く廃人?仕事はしていたけど…笑うって事を忘れたかのように、感情なんて無かったかの様に生きてたんだ』

涙も笑顔もあの時私の中から零れ落ちていった。
自分でその感情を拾う事すら出来なくて、ひたすら零れ落ちたそれを見ているかの様で。


『でもね、ある日東方指令部でロイと再会して…ロイは私を見て手を差し伸べてくれたの。ロイだけじゃない、リザもハボックもブレダもファルマンもフュリーも』

皆が私の落としたものを拾ってくれた。
泣くことも笑うことも出来なかった私を温かく受け入れてくれた。

『だからね、私は皆が大好きなんだ。』
「…」
『勿論、エドとアルフォンスくんもね!』
「ボク達も?」

にこりと笑えば、驚いた様子の二人とも目が合う。
子供にこんな話して空気を悪くしてしまった事に反省しつつ、二人の頭を撫でる。

「うわっ何だよ!」
『ふふ、二人とも私にとって大切な存在だよ!私と仲良くしてくれるんだもの!』
「ななしさんと仲良くしない理由がないですよ!」
『わー!嬉しいな!』

嬉しさのあまり撫でる力を強くしてしまい、エドに手を払われてしまった。
身長が縮むだろ!と怒られて、不意打ちで笑ってしまう。

『大切だから…私はエド達の事応援してるからね』
「急に、何を…」
『……身体とか。エド達が一刻も早く元の姿に戻れるように願ってるよ』
「ななしさん…」
『だからね、何かあったら何でも言ってね!ちゃんと守るから!』

どん!と音を立てて胸を叩けば、不服そうにそっぽを向くエド。

「…女に守ってもらう趣味は無い」
『あらま、男前だね!……でもね、本当に。何かあったら直ぐに言ってね?私の大切な仲間だもん、私の出来る事なら何だってするから』

そう言って微笑んで残りのココアを飲み干す。
エドは相変わらず不服そうにしてるけど、アルフォンスくんは何だか嬉しそうで。

重い空気にしてしまったのにこんなに心が暖かいのは、二人のお陰かココアのお陰か。
きっと両方だろう。

「ななし」
『ロイ!』
「げっ」

ふと声を掛けられて振り向けば、そこにはロイが立っていた。
エドが条件反射で悪態をついたようで、ロイの目がエドの方に向く。

「げ、とは失礼だな鋼の」
「すみません!ほら、兄さんも!」
「何しに来たんだよ」
「兄さん!ななしさん、どうしよう…」
『ほっといて大丈夫だよ〜』

お気楽に笑えばアルフォンスくんは更に困ったようにしてて、見ていてなかなか面白い。
ロイとエドはあまり仲良く無いけど…それでもお互いが毛嫌いしてる訳でもなく。
これが二人の普通なのだ。
……エドは分からないけど、少なくともロイは。

「ななしを引き取りに来た」
『私?迎えに来てくれたって事?』

ロイはその質問に頷いた後、優しく私の頭を撫でてくれる。
それが何とも言えない気持ちよさで、思わず目を細めてしまう。

「そろそろ限界だろう?」
『言われてみれば…』
「後は私に任せてくれていい」

そう言われてロイの方に身体を引き寄せられる。
ロイの掌が私の目を覆って、真っ暗な世界。

『…ありがとう、じゃあお言葉に甘えて……』
「……おやすみ」

ロイの言葉が耳に届くと同時に、私は目を閉じる。
私には、ロイが必要なのだ。
それには理由があって、その理由はマスタング組と呼ばれている者しか知らない。
…エド達にも、話しておかなくちゃだなあ

そう考えつつ、私は眠りへと落ちた。







数秒の沈黙の後、聞こえる呼吸音。
規則正しく聞こえるその音は、紛れもなく目の前に居るななしのもので。
ななしの横に居る大佐は、気持ち悪いくらい優しく微笑んでいる。

「…寝た、のか?」
「ああ…寝たな」
「ななしさん、寝不足だったんですか?こんな急に…」

もしそうならすみません、とアルが謝るけど、何かが引っ掛かる。

「聞いていいかな、大佐」
「何かね」
「…ななしのソレ、内乱の事と関係があるのか?」
「……何処まで聞いた」
「ななしが…大佐に命を助けて貰ったって」

そう答えると、大佐はななしをちらりと見て複雑そうに笑いながら頭を撫でた。
ななしを抱えた大佐は、いつにも増して真剣な目をしていて、気持ち悪いななんて悪態もつけないくらいだ。

「ななしは眠れないんだ」
「…どういう」
「"あの時"から寝たくても寝られず、やっと寝れたと思っても服の擦れる音だけで起きてしまう」

"あの時"とは、イシュヴァールの内乱の事だろう。
ひどい戦争だったと聞いた。
多くの疑問を持って悲しみの中行われた戦争。

それはイシュヴァール人だけじゃなく、アメストリス軍人の心も大きく傷付いただろう。
そしてそれは、ななしも例外では無かったと言う事だ。


「あれ、じゃあ話してると起こしちゃうんじゃ…」
「あ」
「それは心配要らない」
「え?」
「何故だか分からない…だが、嬉しいことに私が傍に居れば暫く起きることはない。」

ちらりとななしを見れば、すやすやと寝息を立てていて起きる様子は無い。
大佐はそんなななしの寝顔をまるで愛しそうに見ていて……

「気持ち悪」
「いきなり暴言とはいい度胸だな」
「もう!兄さん!」
「…大分信頼されてんだな。それも、命を救ったからか?」
「……どうかな」

からかうように聞けば、大佐は少し笑ってからそう答えて店のドアへ向かって歩き出す。

「…救われたのは、私の方かもな」

店のドアが閉まる前に呟かれたその言葉は、まるで自分に言い聞かせてるようで。
しんと静まり返った空気の中、アルは音を立てて首を傾げる。

「どういう事だろう」
「…さあな」
「いずれ話してくれるかな」
「………さあな」

一つだけ分かること。
それは、ななしと大佐は他の仲間とは違う何か特別なもので繋がれていると言う事。


「"ただの上司と部下"ね…」


椅子に座ったオレは、背もたれに背中を預けて空を見上げる。
ななしが自分自身の本心に気付くまで、きっと時間は掛からない。







2019/01/14





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