あれからと言うもの、元気が出ない。
あの夜見た夢が頭の中をぐるぐると駆け巡り、投げ掛けられた言葉が頭に響く。
その度に私の心は重くなっていって、ぷちんと潰されそうになる。

「ななし、何かあった?」
『ううん、大丈夫!』

周りの人にはこれ以上の心配をかけないように、と話し掛けられた時はきちんと笑顔で返す事を心掛けていたけれど…リザを含めた仲間達には気付かれてしまって。
リザが心配そうに話し掛けてくれたけれど、あの日の夢の話なんて出来るわけがなくて、私は笑って誤魔化す事しか出来なかった。

そして、心配してくれているのはリザ達だけじゃなくて…

「ななし」
『ロイ……?』

ポツリと呟かれた自分の名前に思わず振り返れば、リザと同じに心配した様子のロイが私をじっと見ていた。
何だか全てを見透かされているような…そんな気がして、思わず目を逸らす。

『…ごめん』
「え?」
『ちょっと外の空気吸ってくるね』
「ななし、」

ガタリと立ち上がった私を呼び止めたロイは何も言わず、でも私の事を酷く心配してくれているんだとその目から伺える。
私はそんなロイに言葉を掛けるわけでもなく、ただへらっと笑って執務室を後にした。



『あー…駄目だ』

絶対に心配を掛けないようにと頑張ってきたつもりだったけれど、結局皆に心配を掛けてしまっている。
そんな自分に嫌気が差す。

「ファミリーネーム少佐!」
『…?ロス少尉!』
「早めのお昼ですか?」
『そんなところかな、ロス少尉は?』
「私は書類整理が溜まっちゃってて…出来次第お昼にしようかなと」

そんなに分かりやすいのかなとも思ったけれど、ロス少尉の反応を見るにいつもの私と何ら変わらないのだろう。
それなのに気付かれてしまったのは、やっぱり皆が私の事を深くまで見てくれているからなのかな。
それは確かに嬉しい事なのに、私の胸はチクリと痛んだ。






司令部の外に出て、うーんと手を伸ばす。
はあ、と吐いた息がほんのりと白く染まったのを見て、ぶるりと体を震わせた。

『…寒くなってきたなぁ』

枯れ葉も何処かへ行ってしまっているこの季節、そろそろ雪でも降るのかな……なんて思いながら空を見る。
どんよりと暗い空は今にも雨が振りだしそうだ。

『いつも通りの私に戻らなくちゃ』

これ以上の心配は掛けちゃいけない。
ぱん!と両頬を叩いて気合いを入れた。

「うひゃ…いたそ」
『!エド』

ふと聞こえたその声に振り向けば、顔をしかめたエドとアルが居て目を見開く。

「何驚いた顔してんだよ、国家錬金術師であるオレが此処に居ても何ら不思議じゃないだろ」
『いや、そうなんだけど……タイミングと言うか何と言うか…というか、エドってあまり司令部に来たがらないし』
「そりゃ好き好んで軍の司令部なんて来ないわ、大佐も居るし余計にな!」
「今日はちょっとした用で来たんです」
『そうだったんだ』

こんな小さな子供達でも頑張ってるんだもんなあ、大人である私が頑張れなくてどうするんだろう。
じっと見つめると、怪訝な顔をしたエドがジトっとした視線を向けてきた。

「…な、なんだよ」
『何か、エドって元気だよね』
「はあ?」
『何となくそう思っただけ!じゃ、私はそろそろ行くね!』

少し元気を分けてもらった気持ちになった私は、ぱっと笑って目的も無いのに一歩踏み出す。
けれど次の一歩を踏み出せなかったのは、エドが私の服を掴んだからだ。

『…えっと?』
「兄さん?」
「ひっでぇ顔」
『え』
「は!?」

しかめっ面でそう呟いたエド。
アルフォンス君が体をガシャリと動かして驚く。
勿論私も突然の言葉に驚いて、引き止められたまま動けずに瞬きを繰り返した。

『あ、えっと……仕事が思うようにいかなくて悩んでたからかなぁ』

ハッと我に帰った私は咄嗟に笑ってそう返す。
そんな私を見たエドは深くて長いため息を吐いた。

「自分では気付いてないんだろうけどよ、バレバレだぞ」
『えっ、と?』
「ほら、その分かりやすい態度。国軍少佐ならもう少し何とかなんねぇの」
「兄さん!失礼だよ!すみません、ななしさん…」
『あ…ううん』

聞いていられなかったのか、アルフォンス君はエドにそう言うと私に頭を下げてくれて。
私はそれに対して首を振った。

「何でも良いけどさぁ、悩みがあるなら大佐に相談すりゃあ良いじゃん。あの大佐の事だからななしの相談なら何時間でも聞くだろ」
『そっ…!……そんなの、』
「……」
「…兄さん?」
「…はぁぁぁぁ、」

エドはまた深くて長いため息を吐いて頭をガシガシと掻いた。
それを見ていた私とバチっと目が合うと、司令部の敷地外を親指で差して顎をくいっと動かす。
外に行くぞ、という事なのだろうが一応まだ仕事中の身なので頭を左右に振った。

『外の空気吸いに行くって言ってあるから』
「そんなん昼休憩に変更すればいいだろ」
『…皆に連絡しないと、報連相は大事だよ』
「っだー!!!めんどくせぇな!いいから行くぞ!」
『えっわぁっ!』

エドに手を引かれて私は司令部を出る。
どうしよう…ただでさえ皆に心配掛けちゃってるのに、これ以上心配させるわけには、

「アルが行ったから、大佐達の事は心配すんな」

前をずんずんと歩くエドの言葉に後ろを振り返る。
既に遠くの方に見える司令部に入るアルフォンス君の姿が見えた。

『…ありがと』

ぽつりと一言そう呟いた。





町外れにある一人っ子一人居ない公園のベンチに座った私の前にエドは仁王立ちすると口を開いた。

「で?何かあったんだろ、話くらい聞く」
『…有り難いけど、その…』

国家錬金術師とはいえ、仲の良いエドとはいえ……殲滅戦の話を子供相手するのは少し気が引けて、曖昧に返事をする。

「…何を渋ってんのか分かんないけどさ、ここまで来て"話せません""はい、そうですか"…なんてなるわけ無いだろ」
『…そう、だよね』

元気が無いのを悟られて、気を使ってもらって。
こんなうじうじしている私よりもエドは何倍も大人だ。

『…あのね、イシュヴァール殲滅戦…って、覚えてる?』




2020/02/02





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