長かった殲滅戦が、終わった。
イシュヴァール人の最後の一人は、焔の錬金術師がやったと風の噂で聞いた。
…マスタング少佐

結局少佐とはあれっきり会わなかった。
いや、会えなかった。
私の持ち場だった所は、もうイシュヴァール人は誰も居なくて…
近場のエリアも同じで、だから行く気になればいくらでも行けたのに。

結局私の中に渦巻く黒いものも、この殲滅戦に何の意味があったのかも…何一つ分からないまま、傷一つ無い体で列車に揺られている。
周りの人達は、楽しそうに幸せそうに笑って各々喋っていて……さっきまで外道と言われる行為をしていた人達とは、到底思えなかった。

窓から見える景色は眩しいくらいに綺麗で思わず目を細める。
……この列車に乗った時、殲滅戦が行われていた間一度でも顔を合わせた人達に挨拶に行った。
その時、車内を何度も見て回っても私の上司は見当たらなくて。
私を支えていてくれた上司は戦死したのだと、たった一言そう告げられた。

もう私には流れるはずの涙も無くて。
悲しいはずなのに、泣き叫びたいはずなのに…私の中にはもう、何も無い。
ただ、ただ、心がぽっかりと開いていて、どうして何でと自分に問い掛ける事しか出来なくて。
…きっと、イシュヴァールの人々もこんな気分だったんだろうな、そう思った。

眠ってしまおう。
そうすれば、この虚無感と少しの間向き合わなくて済む。
眠っている間だけでも何も考えずにいたい。
ザワザワと騒がしい列車の中、一人目を閉じる。

目を閉じればたちまち真っ暗な世界。
少し休もう、そう思って眠りに落ちようとしたけれど、そんな私の真っ暗な世界に何か黒いものが沢山生まれて。
それが人の形をしていると分かった途端に心臓がバクバクと早くなる。

囲まれるようにして立つその黒い人影は、真っ赤な目で私を睨んで何かを呟く。
一人、二人…それはどんどん増えていって…そして段々と此方に近づいて来た。

目の前まできた黒い人影は、憎悪の目で私を睨み続けてこう言った。

"お前のせいだ"



『、っ』

目を開けて咄嗟に周りを見るけど、当然周りに黒い人影なんていなくて。
頬を伝った汗が、握りしめている震えた手の甲に落ちる。

そこで私は気が付いた。
…自分が、眠れなくなってしまった事に。

何度目を閉じても、眠りになんてつけなくて見るのは黒い人影ばかりで。

『…』

現実から逃げるな、心を休めるな。
そう言われている気がして…
喉の奥が凄く痛くなったけれど、やっぱり涙は出なかった。




どれくらい経っただろうか、ようやく列車が止まって周りの人達が続々と降りていく。
重い足取りで最後に列車から降りると家族や恋人との再会を喜ぶ人で溢れていて、私はそれをぼうっと眺めた。

「マース!」

目の前を綺麗な女性が走り抜けていって、その綺麗さに思わず目で追う。
その人は誰かに勢いよく抱きついて無事に帰還したことを喜んでいるようだ。
綺麗な人…正に女性といった感じだな。
そう思って相手の男性を見ると、その人はマース・ヒューズさんだった。

マスタング少佐のご友人。
じゃあ、もしかして…

途端に痛くなる胸を押さえてヒューズさんの近くを見ると、思った通り…彼を見つけた。
ばちり、としっかり目が合ったけれど今までの様に駆け寄ることが出来なくて。
少しだけ悲しそうに顔を歪ませたマスタング少佐に、何て言ったら良いのか分からなくて。

私は深く頭を下げて、もう一度彼の顔を見ること無くその場から立ち去った。

…ああ、私は何て弱いんだろう。



その後、上司が殉職した為その上司と親しかった人の部署へと移動する事になった私は、彼に会う勇気も出ずに東方司令部を後にした。

彼から沢山のものを学ばせてもらって、沢山の知識を貰って、錬金術師という今の私が居るのは彼のおかげでもあるのに。
お礼もせずに移動なんて、きっと呆れてるかな。

その移動と共に少佐へと昇進した私は、新しい場所で直ぐに信頼を頂けるくらいには仕事に没頭した。
ただ、笑うことも怒ることもしない私は周りから少し距離を置かれていたけれど…でも、それで良いと思ってた。

それから数ヶ月も経たないうちに、もう一度移動が決まって。
理由も何も聞かされず、訳が分からない状態でもう一度東方司令部へと戻った私を待っていたのは

「…随分、痩せてしまったんだね」
『少、佐…』

あの時と変わらない声で、優しく笑ってくれたマスタング少佐だった。








ゆっくりと目を覚ます。
体を起き上がらせて外を覗き込むと、まだまだ真っ暗でそれほど時間が経っていない事が分かる。

『昔の、夢…』

ふいに、自分の頬を伝う涙に気が付いて服の端で乱暴に拭く。

…そうか、私はきっとあの時既にロイが好きだったんだ。
そしてそれを自覚してしまうのが、怖かった。
自覚してその気持ちでいっぱいにしてしまったら、私が手に掛けた人達を忘れてしまって…幸せな気持ちで溢れて、自分のした事を忘れてしまうんじゃないかって。

それが、どうしようもなく…怖かったんだ。






2019/12/04





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