全ての始まりは今から約5年前。
あの内乱の…少しだけ前の事。
この国の未来は美しく明るいと信じて止まなかった私は、その美しくて明るい未来を日々夢見ていた。

美しい未来への一歩を私が作り上げられたら…そう思って、何の迷いもなく士官学校へと進んだ。
私の大好きなアメストリスという国が少しでも良い国になるなら、と錬金術の本を手に取り偶然か必然か…そんなタイミングで知り合ったご老人から"氷晶の錬金術"を学ばせてもらえる事になり、その日から毎日錬金術を勉強した。

当時大尉だった私は、東方司令部へ配属されていてその時初めて…ロイに出会った。

『マスタング少佐ー!少しお時間宜しいですか、ちょっと聞きたい事があって…』
「ああ、気兼ねなく何でも聞いてくれ」
『ありがとうございます!あのですね、ここの…』

若き錬金術師であった彼を慕うのは、至極当然の事だったろう。
所属部署は違えど、私は毎日の様に彼の所へ行っては錬金術の事を聞いていた。
彼は錬金術師になったばかりだった為、頭に入っている基礎知識が他の上司よりも細かく、そして多かったのだ。
まあ何よりも他の錬金術師より年が近くて、話し掛けやすかったのが大きいとは思うんだけど。

「そう言えば、司令部からすぐの角にあるパン屋の女性が大尉の事を探していたが」
『わ、もしかして新作かな…完成したら、一番最初に食べてほしいって言っててくれてたんです!』
「それと、この辺で一番人気の雑貨屋の店主が…」
『もしかして…マグカップの入荷連絡ですかね?』
「そうそう」
『わ!わざわざすみません…少佐に私用の連絡ばかりさせてしまって』
「いや、それは良いんだ。私と大尉がよく一緒に居るからか、よく声を掛けられてね…今日は大尉と一緒じゃないのかと」
『ご、ごめんなさい!少佐のお話って勉強になるから…つい付いて回っちゃって』
「気にしてないよ、それよりも相変わらず大尉は市民と上手く付き合っているね」
『へへ、皆さんすっごく優しくて!』

修行は辛くて苦しいものだったけど、それよりも何よりも学べる楽しさの方が強くて。
市民とも良好な関係を築けていて、毎日が充実した楽しい日々だったのだ。

『少佐もパン屋さん、ご一緒にどうですか?日頃のお礼も兼ねて!』
「いや、私は止めておくよ。今抱えている事件を早急に片付けたくてね」
『…まあ予想は出来てましたけど…少佐ってばいつ誘っても断っちゃうんですもん、まだお礼の一つも出来てない!』

今みたいに女性慣れもしていなくて、すっごく真面目だったロイ。

「はは…じゃあ、今度。今抱えているものが片付いたら、食事にでも」
『やった!絶対ですよ!ね!』

そんな彼が食事に誘ってくれるのなんて初めてで、凄く嬉しくて。
絶対ですからね!と何度も念を押して約束をした。

「それにしても、大尉の髪はとても綺麗だな」
『えっ?』
「え…あ、いや!深い意味は無いんだ!もう少し長くても可愛らし、いや、えーと…」
『…ぷ、あはは!少佐もそう言う事言うんですね!』
「いや、うーん…あはは」
『へへ、ありがとうございます!褒められるのって、とっても嬉しい事だなあ…』

市民の方々からお世辞で褒められる事は何度もあって、その度にやっぱり嬉しい気持ちにはなっていたけれど、何故かその時…ロイに褒められた時は嬉しい気持ちが何倍もあって。
慕っている、尊敬している方に褒められるなんて!…なんて浮かれていた。

『それじゃあ今度!楽しみにしてます!』

お礼をする側なのに、そんな事を言ったり。
困ったように頬を掻きながら笑うロイの顔が酷く心に残ったり。
その日は、割り振られた仕事をいつもより早いスピードで片付けたくらいで。

その後はいつものように仕事と修業に明け暮れ、夜はよく眠る日々を続けた。
いつか来る少佐へのお礼と言う名の小さい幸せな未来を胸に秘めて。

…だけど、そんな明るくて楽しくて輝かしい未来を持った毎日は、ある日を境に崩れ去ってしまう。



『え…い、今何と仰いましたか、』
「もう一度だけ言う。ななし・ファミリーネーム大尉の錬金術師国家試験は、"イシュヴァール"の地で行う。」




2019/08/31





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