キッチンの蛇口から、水が一滴零れ落ちた。
ぴちゃん。
その音で目を開けた私は、先程まで寝ていたのかと自分でも疑うほど素早く起きてカーテンを開ける。

『今日は少し暑くなりそうだなぁ』

まだ小鳥も鳴かないような時間帯。
薄暗い空を見てから、顔を洗いに部屋を出た。





『いってきます!』

一人きりで住んでいる部屋に向かって声をかける。
勿論誰も居ない部屋から返事がある訳でもなく。

それでも毎日言っているその言葉を今日も言ってから、鍵を閉めて歩き出した。

街を歩けばまだお店は何処も閉まっているが、店の前を掃除している人ちらほらと見かける。
その誰もが私を見掛けては声を掛けてくれるのだ。


「ななしちゃん、おはよう」
『おはようございます!』

そんな挨拶を何度か交わしながら歩けば、暫くして目的地へ。

「ファミリーネーム小佐、おはようございます」
『おはようございます!いつも早いですね』

建物へ入れば、全身青い服の人が挨拶をしてくれる。
……なんて、私も全身青い服なんだけどね!


「ファミリーネーム小佐もいつも早いですよね」
『へへ…早起きが得意なんです!』
「寝坊とかしないんですか?」
『うーん…子供の頃、怖い本を読んで眠れなくなっちゃって……気付いたら寝てたんですけど、盛大に寝坊してたとか…そう言うのが子供の頃にあったくらいですかね?』
「それは…」
『あ、やだすみません、こんな恥ずかしいお話……じゃあ、私はこれで!』

あちゃー!恥ずかしい!なんて考えて早足である場所へと向かう。
恥ずかしさから来た熱が冷める頃に扉の前に着いて、私はゆっくりと扉を開けた。



『おはようございまーす…………ってやっぱり私が一番乗り?』

ひょこっと顔を出して見ると、思ってた通り誰も居なくて。
私は自分のデスクに荷物を置いて椅子へ座った。

『あ、朝食食べてない……!』

いつもなら朝ごはんを食べてから来るのに、今日は忘れてしまっていたようで。
鳴ってしまったお腹を押さえて机に突っ伏した。


「おはようございます」
『リザ!』

ノックの後にガチャリと開いた扉と聞き覚えのある声にばっと顔を上げる。
そこには思った通りリザ中尉が居て、私は元気よく挨拶をした。


『おはようー!』
「おはよう、今日もななしは元気ね」
『うん!元気もりもりだよー!』

私の隣のデスクに荷物を置いたリザ。
…タイミング良く鳴ってしまうお腹。

「…もしかして、朝ご飯食べてない?」
『う、うん…実は忘れちゃって…』
「栄養補助食品なら持ってるわ、食べる?」
『食べる…!ありがとう!』

リザからそれを受け取って、良く噛んで食べる。

『んー!美味しい!』
「そんなに?」
『うん!ありがとう、リザ!』
「どういたしまして」


食べ終わって雑談をしていれば、次第に扉の向こうが騒がしくなってきて。
コンコン、とノックの後に扉が開いて、男性陣が次々と入ってくる。

『おはよう!ハボック、フュリー、ブレダ、ファルマン!』
「やっぱななしと中尉は早いなぁ」
『ふふ、まあね!』
「ななしなんか食ってたろ。口元付いてんぞ」
『え…わ!本当だ!』
「たく、子供じゃないんだからしっかりしろよな」
『すみません……』
「ま、ななしらしいけど」

ハボックに笑われて、口元を拭う。
しっかりしてるつもりなんだけどなあ……

「おはよう」

落ち込んでいると、扉が開く音とこれまた聞き覚えのある声が。

「マスタング大佐」

リザが立ち上がったことにより、皆も私も立ち上がる。
おはようございます!と挨拶すれば大佐ことロイは堅苦しいな、と笑った。


「ななし、おはよう」

ロイが私の目の前に来て、頭を撫でてくれる。
毎朝してくれるその行為に、自然と笑みが零れてしまう。

『おはよう!ロイ!』
「今日もななしは可愛いな」
『もー、またそういう事…私含め色んな女性に言ってるでしょ?ちゃんと好きな人だけに言わないと駄目だよ』
「可愛い、はななしにしか言ってないんだが…」
『嘘は駄目!』

嘘じゃないのに、と少し落ち込んだ様子のロイ。
何だかその姿が可愛くて、私は胸を押さえた。

『でもありがとう!嬉しいな……』

へへ、と照れ臭く笑えばロイに勢い良く抱きつかれて。

「あー、本当に何なんだ。可愛すぎる」
『あ、あの…!』

戸惑って身体を捩れば、離さないと言わんばかりに力を込められる。
その行為にどうして良いか分からなくなって、私はロイの後ろに居たリザに目で助けを求めた。
それに気付いたリザは静かに頷いて口を開いた。

「大佐、そろそろ仕事の時間ですよ」

リザの言葉にロイの手がピクリと動く。
ゆっくりと離れたロイは嫌そうな顔をしていて、ぷっと吹き出してしまう。

『仕事、頑張ろうね』
「む…ななしがそう言うなら多少は」
 
ロイは最後にまた私の頭を撫でて大佐用のデスクに向かった。
本当なら別室に用意されているはずのデスクだが、少し理由があって私たちと同じ部屋に用意されている。
……まあ、ロイの我が儘みたいなものなんだけど。


『有り難う、リザ』
「大丈夫よ」
「…まー、他の奴等が勘違いするのも頷けるわ」

頬杖をついて此方を見ていたハボックが私にそう声をかける。

『勘違い?』
「大佐とななしがデキてるってな」
『え!?ないない!それはない!』
「お互いファーストネーム呼びだし」
『ロイが呼んでほしいって言うから……!』
「敬語無いし」
『ロイが敬語は嫌って言うから…』
「ななしに近づくと大佐に燃やされるって言う噂もあるし」

なにそれ!?と目を丸くする。
…ロイとは本当に何も無いのだ。

ただ昔……私を救ってくれて、その時以来名前で呼んでいるだけなのに。

『へ、変な噂立っちゃってるんだね……』
「まあ私にとっては予想の範囲内だな」
「大佐にしたら有り難いっすよね、多分」
「まあな。変な虫が付かずに済む。」
「…自分は変な虫じゃないと」
「当たり前だ」


「お喋りはその辺にして頂いて。大佐、昨日の残りもキチンと片付けてくださいね」

何処と無く話に区切りが付いた所で、リザがロイの目の前に大量の書類を置く。

「…鬼だな」
「何とでも仰っていただいて結構です」

私も仕事しよう、なんて二人を見ながら席に座る。
目の前に居たハボックが、ロイを見てから私を見た。

「で、ななしはどう思ってんだ」
『何が?』
「大佐の事」
『ロイの事…?大好きだよ!』

少しびくっとロイの身体が跳ねた気がする。

「ななし……!」
『リザも、ハボックも、フュリーも、ファルマンも、ブレダも……大好き!』
「ななし……」

所謂マスタング組と呼ばれる私達。
私は、そのマスタング組の皆が家族も同然に大好きなの!

なぜか項垂れた様子のロイに、ハボックが笑いを堪えていて。
本当に仲良しだなあ、なんて笑ってしまう。
「私もななしが大好きよ」
『リザ!へへ…嬉しい!』

横に居るリザが嬉しそうに柔らかく微笑んでくれるから、私も嬉しくなってぎゅっと抱きつくと優しく抱き締め返してくれた。
あー良い匂い……

『……ずっとこうしていたい』
「ふふ、またお昼にね」
『うん!一緒にご飯食べようね!』
「ええ、勿論よ」

リザとご飯の約束をしてから身体を離す。
お昼が楽しみだな!なんてルンルンしながら、リザから渡された書類に目を通した。







「…ドンマイっす」
「いいさ、いずれ男として大好きと言わせる」
「うーわー……本当、大佐って分かりやすいですよね」
「ななしは気づいてないみたいだがな」


ロイはななしを熱っぽく見つめていて、それに気づいていないのはななし本人だけで。

この二人を見てても本当に飽きないな、とハボックは小さく笑った。







2019/01/14







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