『はぁ…』

仕事の合間に外の空気を吸いに来た私は、司令部の敷地内に設置されているベンチに腰を掛けた。
空気を吸いに来たと言うのに自然と口からため息にも似た声が漏れて。
自分でも分かっていて、それは最近のロイの行動に理由があるのだ。

…最近ロイが凄く積極的な気がする。
気がする、と言うのは私が自意識過剰だったら恥ずかしいから…という理由なのだけど…
でも確実に今までのロイとは何かが違うのは確かで。

例えばいつもは朝の挨拶の時だけだった私を抱きしめるという謎の行為が、今では事ある毎に起こったり…とか。
睡眠を取らせて貰う時私が眠るまでずっと頭を撫でていたり、お昼は勿論の事…夜も食事に誘ってくれたり。
ふと気が付くといつも側に居てくれてたりとか。
今まで全く気にしていなかっただけなのか、ロイが私を気にかけて来てくれているのか…果たしてどっちなのだろう。
後者なら嬉しい……のに、なあ

はあ、ともう一度ため息を吐く。
ロイの考えている事が分からない以上、喜ぶことも落ち込む事も出来なくて。
ただただ、ため息ばかりが漏れてしまう。

「ななし?」
『…リザ!』

ふと優しく声を掛けられて顔を上げれば、リザはふわりと笑った。

「隣、良いかしら」
『どーぞどーぞ!』

少し横に移動するとリザは一言有り難うと言ってから座った。

『リザが仕事中に外まで来るって珍しいね』
「ちょっと気になる事があって」
『気になる事?』

何だろう、仕事に関する重要な事だろうか。

「…何か悩んでいる事があるのかなって思ったんだけど」
『誰が?』
「ななしよ」

少し眉を下げて微笑むリザに体が一瞬固まる。
まさか自分の事を心配して来てくれたとは思っていなくて、それが何だかちょっと嬉しくて。
だけどそれよりも驚きの方が勝ってリザをじっと見つめた。

『ど、どうして』
「朝から何だか表情が曇っていた気がして…気にはしていたんだけど」
『え』
「何だか思い詰めた様に突然席を立ったから、心配になっちゃって」
『えっ、と』
「悩んでいるものによっては何か解決案を提示出来るかもしれないから、良かったら聞かせてもらえないかしら」

言えない、言いたくない内容だったら無理に聞き出さないわ。
そう言ってくれるリザ。
……どうしよう、言っても良いのかな。
呆れられたり、しないだろうか。

そもそも仕事中にこんな悩み、

「大丈夫、どんな内容でも笑ったり呆れたりなんて絶対しないから」
『な、』
「ななしって分かりやすいわよね」

くすくすと笑うリザに何だか恥ずかしくなって顔が熱くなる。
ロイにも分かりやすいと何度か言われた事があったけど、そんなに表情に出ているのか。

『…でもリザに迷惑かけてしまうのは、』
「私じゃ力不足だったかしら」
『そ、そんな事ない!その、そんな事なくて……』

あわあわと慌てる私の頭を優しく撫でてくれるリザはとても優しく笑っていて。
その安心するような雰囲気に段々と落ち着きを取り戻してきた。

「ごめんなさい、ちょっと意地悪だったわね」
『ううん…違うの、ありがとう…じゃあ、その………相談しても、いい?』
「ええ、勿論よ」

…とは言え、面と向かってロイへの悩みを打ち明けるのも何だか恥ずかしくて。

『あのね、その………………友達の話なんだけど』
「ええ」
『最近、仲が良くて恩人でもある男性に対して変らしくて』

自分の悩みだと気付かれない様にと咄嗟に所々を濁してしまった。
ちょっとの申し訳無い気持ちを抱えつつリザを見てみれば、リザは至って真剣に私の言葉を聞いていてくれて。

「変って…一体どういう風に?」
『前まで全く気にならなかったのに、急に気になってきたというか…何だか妙に胸がムズムズするっていうか…』
「それは…」
『最近ね!最近…何だか気付いたらずっと側に居てくれてるなー…とか、他の人と比べてスキンシップが多いなー、とか…そういうのを考えちゃう、みたいで』
「それは嫌だって感じる事?」
『違っ…くて、何だろう…良く分からないけど……もしも!もしも他の人よりも距離が近かったら嬉しいなあ……ってほんの少しだけ、思ってるみたいで』

何だか言っていて恥ずかしくなってしまって、自分の足元へと視線を向ける。
自然と俯く形になり、さらりと垂れてきた髪の毛で遮断されてリザの顔が見えない。

何言ってるんだろ、なんて。
段々と妙に冷静になる自分が居て無意識に小さく笑った。

『ご、ごめんね!こんな……くだらないよね!』

くだらない。自分で言っておきながらその言葉に胸が痛くなって、キツく目を瞑った。
ふと私の手を何かが優しく包んで、驚いて顔を上げればリザはとても真剣な顔で私を見つめていて。

「くだらなくないわ」
『え?』
「そう考えてしまうのは、何か理由があるからでしょう?」
『理由…』
「そう、理由。その理由があるから分からないふりをしていると思う」

分からないふり?
どういう事だろう、私は何か…自分でも理解する前に何かを理由にして、何かを分からないふりしていると言うのだろうか。

「そうね、例えば "過去" とか」

どき、と胸が大きく鳴った。

「過去のしがらみがその気持ちを抑えてしまう理由になっていたり」

過去…私の……、

「だから無意識に気持ちをセーブしようとするのかもしれないわね」
『…でもね、今はこのふわふわした関係が…心地良いって感じる事も確かにあってね、』
「それは本心なのかしら」
『え…?』
「本当は…心の底では、もっと近い関係になりたいんじゃない?」
『そ、そんなの…』

分からない、
だって心地良いと感じた時もあったから…この関係が、今のままの関係が……

本当にいいの…?

「…そうね。お友達の話だもの、分からないわよね」
『えっ…あ、うん…』
「そのお友達に聞いてみるといいわ "本当にそれで、ずっとそのままで良いの?" って」
『本当に、それで…』
「そのまま気持ちに蓋をして、それでもずっと今の関係が続けば良いのかもしれないけれど。でも何に対しても必ず終わりは来るもの、今の関係を維持するのは自分が思っている以上に難しいことだわ」

終わりが、来る?
ロイと私の今の関係に…いつか、

「…さて、そろそろ戻りましょうか。皆が心配するわ、特に大佐がね」

ぱちんとウインクをしたリザは立ち上がって小さく伸びをした。
心配するロイがすぐ想像できて頭に浮かんで…それだけで口角が上がるのを感じたけど、同時に1つの不安が喉の奥まで上ってきて。

…これも今だけで、いつかは私じゃない他の誰かを心配するのだろうか。
心配したって言って、抱きしめて…皆の前で恥ずかしいからって突き放したら優しく笑って頭を撫でてくれて。

それを、私じゃない他の誰かに…

そんなの嫌だ、なぁ

『ねえ、リザ…』
「どうしたの?」
『もし…分からないふりをしなくなって、自分の気持ちを受け入れられたら…その時、どうしたら良いんだろう』

嫌だって思ったこの気持ちに名前が付いて、過去も今も気持ちも全部全部受け入れられた時…私はどうしたら良いのだろう。

「どうするのかはその人の自由よ。でもね、私がななしの立場だったら…友人がそう思い悩んでいたのなら。私はその子の背中を全力で押してあげたい…だって私の大切な大切な唯一無二の友人だもの」

リザはそう言って静かに笑って私の頭を撫でた。
…きっと、全て見透かされているんだろうな。
そう思ったけれど最後まで "私の友人の話" として悩みを聞いてくれた事がどうしようもなく嬉しくて。

『…ありがとう』
「さ、戻りましょう」

ぽん、と私の背中を押してくれたリザの手は凄く温かくて。
思わず泣きそうになってしまったけれど、ぐっと堪えて一歩足を踏み出した。



2019/07/09





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