カランカラン、とベルの音を立てて扉を閉める。

私の両手にはお菓子やパンが詰め込まれた箱が大量に積まれていて、それを落とさないようにとゆっくり歩く。
今日の午前中、この前の事件で被害にあった知り合いの店主から今から来てくれないか、と電話があって。
来てみたら厨房から大量の商品を持ってきてくれて、この前のお礼として渡されたのだ。

どうやら私たちの為にわざわざ作ってくれたらしく、断るのも申し訳ないと思った私はそれを有り難く受けとることにしたのだけれど……
如何せん前が見えない。

『通りまーす、あ、ごめんなさい、あっ!』
「っと、すげー量だな」

精一杯顔を傾けて前を見ようとするけれど中々上手く行かず、人とぶつかりそうになってしまい避けた際に箱がずり落ちてしまって。
思わず声を上げたところで、見覚えのある赤い上着を着た人が空中でキャッチしてくれた。

『エド!アルフォンスくん!』
「よ」
「大丈夫ですか?ボク持ちますよ!」
『えっ悪いよ』
「ななしが持つよりアルが持った方が安全だろ」
「そういう事なので、是非!」
『う…ありがとう、お願いします…』

落とさないようにとアルフォンスくんへゆっくり渡せば、それを軽々と持ち上げた彼はよろけることもなく歩き始める。

「甘ったるい匂い…こんなに食ったら太るんじゃねーの?」
『わ、私だけで食べる訳じゃないし!て言うかそもそも、これはお礼として頂いたの!』
「お礼?」
『うん、この前ね…ある事件があって、』




『ただいまー!』
「おかえりななし……若干2名増えているようだが」
『荷物運ぶの手伝ってもらっちゃった!』
「机の上で大丈夫ですか?」
『あっうん!ありがとう、助かりました!』


置く場所が無いので、取り敢えずと私のデスクに置いてもらう。
ぱっとロイを見れば少しだけ眉間にシワを寄せていて、その視線を辿ればいつもより目付きの悪くなったエドが同じように眉間にシワを寄せていた。

「ななしを手伝ってくれた事、感謝する」
「あっいえ!」
「…兄の方は何もしていないようだが」
「けっ悪うござんしたね」
『もー…』

どうしてこうも仲良くしてくれないのか。
目を合わせる度に、エドが喧嘩を吹っ掛けたりロイが馬鹿にしたり…仲良く笑って話している所なんて見たことが無い。

まあこれが二人の通常運転ではあって、現に執務室にいる全員が気にせず二人を観察しているのだが。
…いや、一人。

「もう!兄さんてばー…何で喧嘩腰になっちゃうかなあ」

大きな体で可愛らしく項垂れるその姿にくすりとする。
皆が見慣れてしまっているこの掛け合いを、唯一毎回律儀に止めに入るアルフォンスくん。
その行動から、彼がとても優しい男の子だと再認識をしてエドの肩を叩いた。

『弟に心配掛けるのもほどほどにね!ほら、座って!』
「おわ、なんだよ」
『手伝ってもらったんだもの、お礼させてよ!…って言っても、頂いたお菓子と珈琲しか出せないけどね』
「…オレ手伝ってねーけど」
『落としそうになったお菓子キャッチしてくれたし、ここに来るまで私の話し相手になってくれたから』

そう言って笑いかければ、エドは反応に困ったように頭をかいて用意した予備の椅子に座る。
普段は思春期らしいツンケンした態度だけど、こう言うところが素直で可愛いんだよね…と小さく笑うと、じろりと睨まれてしまった。

『アルフォンスくんも座って!』
「迷惑じゃないですか?」
『大丈夫!ね、いいよね?手伝ってくれたし…』

ロイにそう聞いてみれば、未だ眉間にシワを寄せていて。

「それはそれ、これはこ…」
「そろそろ休憩を入れようって言ってましたよね」
「…執務室は仕事をする場所で、」
「では大佐がお貯めになっている書類を早急に処理して頂いてもよろしいですか?」
「……まあ少し位なら良いだろう」
『やった!』

ありがとう!ハボック、リザ!と目線を送れば二人とも笑い返してくれた。

『と言うことで珈琲入れてくるね!アルフォンスくんはお預けになっちゃうけど……体が元に戻ったら一緒にお茶しようね!』
「やめとけやめとけ、大佐が嫉妬すんぞ」
「誰が子供相手に嫉妬などするか!」

今日一番声を張り上げたロイを見てくすくすと笑えば、それを見たロイは咳払いを一つ。
そんな姿を尻目に珈琲を入れようと執務室のドアに手を掛けると、後ろで誰かが席を立つ音がして。

「大変だろうから私も手伝うわ」
『リザ!ありがとう…!じゃあ行ってくるから、仲良くね!』

皆にそう言って手を振ってから、横に来て笑ってくれたリザと一緒に執務室を出た。








「けっ誰が仲良くするかっての」

じとりと此方に視線を向けて悪態をつく鋼の。
一回り以上離れている子供に何を言われても構わないが、ここまで嫌われていると此方も特別仲良くする気も起きず。
まあ彼らの過去を知っている事もあってか、悪い子で無いことは理解しているつもりではあるので大人げなく張り合う気もないのだが。

「兄さん!大佐に向かってそんな…」
「うっせ」
「もう…すみません、大佐」
「良いさ、慣れてる」

頭を下げようと立ち上がった彼の弟に、軽く手を上げて制止する。
兄弟でこうも性格が違うと見ていて面白いもので。

「だからいつも言ってるじゃないか!目上の人と年上の人には敬語くらい」
「敬う気持ちもないのに敬語なんて使えっかよ!」
「何でそうなるかなあ!」
「お前ちょっと頭が固すぎるんだよ!」
「何だよそれ!兄さんが常識無しなだけだろ!」

注意から始まった兄弟喧嘩は次第にヒートアップしていき、遂には大声になり少尉達が耳を塞ぎ始める。
面白い光景というのを通り越したこの状況に私は大きなため息を吐いた。

「それ以上兄弟喧嘩を続けるなら追い出すぞ」
「あっす、すみません!」
「…すんません」

ペコペコと謝る弟に、ばつが悪そうに謝る兄。
そんなちぐはぐな兄弟に、もう一度大きなため息を吐くと突然とハボック少尉が笑い始め、彼へと一斉に視線が集まった。

「いやあ、鋼の大将はいつも元気だな。うちの上司に引けを取らないくらいだ」
「大佐が?」
「いやいや、そっちじゃなくてななしの方な」
「確かにあいつはいっつも元気だよな」
「まるでウィンリィみたいにね」
「何でウィンリィが出てくるんだよ!」

そう言って少し顔を赤くする鋼の。
その表情からウィンリィ君をどう思っているかは明白で、何処と無くホッとしてしまう自分が居る。
…子供相手に何を考えているんだか。

「でも兄さんだって思うでしょ?」
「あー…まあ、少し…ほんの少しだけな」

もごもごと小さい声でそう返す彼を見て、渦中の人物となっている二人を思い浮かべた。
まあ確かに髪の色や瞳の色は似ている部分もあるが…それだけだろう。

「…"髪と瞳の色が似てるだけだ!"……とか思ってたりして」
「っげほ、きゅ、急に私を巻き込むな!」
「お、大将ビンゴ」
「少尉!」

へいへい、と面白そうに煙草を咥える少尉。
この私が子供に心を読まれるとは思っても見てなくて、思わず咳き込んでしまった。

「ほんっと大佐ってななしに対して分かりやすいよな」
「おっ鋼の大将もそう思うか!」
「思う思う!まー、まだお子ちゃまなアルはよく分かってないみたいだけど」
「失礼な!大佐がななしさんの事、凄く凄く大好きだって分かってるよ!」

大声でそう叫ぶ。
鋼のがいつにないにやけ顔で口に手を当てて笑い出した。

「アルにもバレてら」
「まあ隠すつもりは毛頭無いからな」

そう、隠すつもりなんて一ミリも無い。
寧ろオープンにしていた方がななしに変な虫が付かずに済むと言うもので。

「大佐は独占欲強いもんなあ、意外と」
「自分は他の女とデート行くクセして、ななしが他の男と食事に行くのは嫌がるしな」
「毎回ななしさんの気付かない所で牽制してますもんね」

ハボック少尉、ブレダ少尉、フュリー曹長がそう言えば、鋼のは両手を頭の後ろで組んでため息を吐いた。

「自分は良くて相手はダメってなぁ…」
「それはちょっと流石に…」

弟の方までもが私に対して呆れた視線を向けて来ている気がする。

「私はななし以外の女性に好意は無い。だが、ななしへ寄ってくる男共はそうじゃ無いだろう」
「でもあいつも相手の事なんか何とも思ってないんじゃねーの」
「ぐ、」
「お、大将の方が一枚上手っすかね」

面白そうにニヤニヤとする少尉を思わず睨む。
そもそも私が何故女性達とデートをするかと言えば、仕事の為の情報収集が主なわけで。
執務室のメンバーはその事を理解しているはずであるのに、それを知らないふりして笑っているのはどういった事か。

…まあ単純に楽しんでいるだけなのだろうが。

「…この際だから言っておくが、」
『おまたせー!』

あれは仕事の一環だ、と言ってしまおうかと口を開いた所でタイミング良く二人が戻ってきた。

『珈琲持ってきたよ!全員分あるからね!はい!』
「ありがとうございます!」

ななしと中尉で珈琲を渡していく。
どうやら私の分はななしが持ってきてくれたらしく、最後に笑顔で寄ってきた。

『そう言えば何か話の途中だった?』
「いや、ただの世間話だよ」
『え?なら良いんだけど…』

少し納得していない様子のななしの頭を優しく撫でて、受け取った珈琲に口をつける。
うん、旨い。

ちらりと鋼のを見ると、少しばかり苦いようで眉間がピクピクとしている。
持ってきてくれた手前苦いとは言えないのだろう、何でもないような顔でちびちびと飲んでいて。
私はその光景に小さく笑って自身の珈琲をもう一度口に含んだ。

「…ななし、良い事教えてやろうか」
『いいこと?』
「さっき話してた内容」

その言葉に思わずむせてしまいそうになったが何とか飲み込んでじろりと鋼のを見る。
ニヤニヤとしている所を見るに、先ほど笑ったのに気づいていたのだろう。

別に教えても構わないのだが、自分ではない他の男からそれを伝えられるのは不本意なわけで。

『世間話?』
「いーやこれが世間話なんかじゃ無いんだよなあ」
「おい、鋼の」
「大佐に関する事でさ」
『え…ロイの?私も聞きたい!』

私の事と知った途端に目を輝かせているななし。
そんなに私の事を知りたいのか、と一瞬喜んでしまったが恐らくただ興味があるだけなのだろう。

るんるんとした足取りで鋼のの方へ向かうななしの姿に小さくため息を吐けば、それを見ていたらしい中尉と目が合った。

「…中尉は、」
「興味がありません」
「……だろうな」
「ある程度予想、出来ますので」

そう言ってくすりと笑う中尉。
ここに居るななし以外の全員に私の気持ちが知られているとはいえ、話の内容までも察されると少々恥ずかしいもので。
少しの恥ずかしさを誤魔化すように、私は頭をかいた。

『ひょっ……いったー!!』

唐突に聞こえてきたその悲鳴と、何やら座り込む音に驚いてななしの方へ目を向ける。
足首を押さえて座り込んでいる彼女の姿に驚いて駆け寄れば、涙を貯めた瞳が此方を見た。

「どうした、」
『…捻っちゃった』

そう言って足首を擦るななし。
るんるんと変な足取りだったからだろうが、まさかこんな短い距離で怪我をするとは。

「短距離で足を挫く軍人って…」
『う…』
「兄さん意地悪言わないの!大丈夫ですか?」
『うん…アルフォンスくん優しい…』
「立てるか?」

取り敢えず椅子に座らせようとしたのだが、どうやら痛くて立てないらしくななしは頭を左右に振った。

「どうしよう、ななしさんまだ仕事中なのに」
『此処で少しじっとしてれば治ると思うから…』

彼女の手を退けて足首を見る。
さほど問題は無いように見えるが、恐らくこのままだと腫れてしまうだろう。

「大佐、取り敢えず医務室へ」
「中尉」
「仕事は何とかなりますし、早急に冷やした方が治りが早いですから」
『でも…』
「このまま放置して腫れちゃったらもっと仕事にならなくなるわよ、ね?」
『…申し訳ないです』

中尉の言葉にがくりと項垂れるななし。
そんな姿も可愛いが今は医務室へ行くことを優先に、と彼女を抱き上げると驚いた様子のななしがバタバタと暴れだした。

『肩貸してくれればいいよー!何で抱くの!』
「その方が早いだろ」
『こ、こんな姿他の人に見られたら勘違いされるかもしれないから…!』
「ほう、それもそうだな」
『ね!ね!』
「勘違いさせる為にもやはり抱いていこう」
『なんでー!!』

足の痛みが強くなってきたのか大人しくなったななしは、顔を真っ赤にして恥ずかしがって。
その姿が何とも可愛らしい。

「私はすぐ戻るよ」
「分かりました」
『エド達来たばっかりなのに…!』
「まー元々すぐ帰るつもりだったしな」
「うん、気にしないで!また会いに来ます!」
『うー…ごめんね、情けない…』

腕の中で落ち込んでいるななしだが、執務室を出たと同時に顔を両手で隠した。

「…ななし?」
『人の視線が気になるから、見ない…!』
「ななしからは見えなくとも他からは見えるけどな」
『うっ…いいの!私が分からなければいいの!』

そう言ってずっと顔を隠しているが、真っ赤に染まった可愛らしい耳はしっかりと見えていて。
私に抱き上げられている恥ずかしさか人目に晒されてしまう恥ずかしさか、その両方か。
何にせよ、その可愛らしい行動に口角が上がった。





「結局大佐の事言わなかったけど…まーいずれ分かることだしな」
「元気過ぎるのも大変だね…」
「過保護過ぎるのもな」

「ま、此処でこの面子になったのも何かの縁ってな。珈琲淹れてもらったし、話し相手にでもなってくれよ鋼の大将」
「…じゃー、今一番聞きたい話聞かせてよ」
「何でもいいぜ」
「来るときななしから聞いたんだけどさ、この前起こった事件で囮に…」
「…………」
「あれ?ハボック少尉?」





2019/05/20





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