『…と言うわけです!』
「なるほど、中々恐ろしい内容だな」

無事にパンケーキを食べてきた私とハボックが調査結果を伝えると、ロイは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。

『これ以上被害が拡がらない為にも、その人と会いたいんだけど……何処から来たとか、ここで見たとか…そう言った情報は貰えなくて』
「そもそも話をしてくれたのは軍所属の者だけで」
「ふむ」

ロイは少し考える様子でハボックのメモに目を通していて、私も何か思い付けばとロイの正面から覗き込んだ。
覗き込んだのは良いけど、字が反対で読みにくいな…と顔を目一杯傾げていると前と後ろから笑う声が聞こえて。

「こっちまでおいで」
『いいの?』
「勿論」

笑ったロイが手を広げてくれたので、素直に隣へと行けば腰に手を当てられてドキリと心臓が脈を打つ。
こんなの日常茶飯事だし、ロイにとってはスキンシップの一つなんだから!…何て自分に何度も言い聞かせて見たけど、一度速くなった心臓が直ぐに収まるわけもなく。

ロイに触れられている腰がじんわり温かくなって、心なしか汗が滲んできている気がする。
そんな中メモを見て対策を練るなんて出来なくて助けを求めるかの様にハボックを見れば、笑わないようにと必死に口を閉じていて。

『…ロイ、その…腰の手は』
「嫌だったかな」
『い、嫌な訳じゃ!ない、ん、だけどー……』

何だかドキドキして集中出来ないの!
…なんて言えるはずもなく、段段と小声になった私は下を向いた。
ロイはそんな私を見て不思議に思ったのか、私の顔を覗き込もうとして。

「ななし………ん?」
『え?』

重力に従って垂れ下がっている私の長い髪の隙間からロイの顔がチラリと見えたと思えば、不思議そうな声を出したロイは私の髪を掬い上げると髪を自分の顔へと寄せた。

「…甘い香り」
『あっ…えっと、それは…』
「何か食べてきたのかな」
『……ぱ、パンケーキを、少々…』
「味はどうだった?」
『甘くてふわふわで美味しかった!…あっ』

思わず出てしまったその言葉に慌てて口を押さえれば、笑ったロイは私の頭を優しく撫でてくれて。
仕事中に食事なんて、怒られるかな、怒られるよね?
いやでも、ロイだってたまに仕事中なのに女性と食事に行っちゃうし……?
なんてぐるぐる頭の中で色々考えて居ると、ロイはそれに気づいたように笑った。

「そんなに美味しいなら食べてみたいなあ」
『…じゃあ、今度行こうよ!私もまた行きたい!本当に美味しいの!ね、ハボック!』
「今俺に振られてたら面倒くさい事に…」
「……ななし」
『なに?』
「ハボックとの食事はどうだった」
『楽しかったよ!』
「ほう、そうか」

さっきまでの後ろめたい気持ちは何処へやら。
ハボックとの楽しいおやつタイムを思い出してにこにこと笑えば、ロイもにこにこと笑ってくれた。

「ハボック少尉」
「う、うす……」
「察しはつく、ななしの腹が鳴って時間も余ってる事だからと食事へ出たのだろう」
『凄い!あたってる…』
「君の事なら何でも分かるさ……その事に関してはなんとも思っていない、仕事もキチンとこなしてきたようだからな」

そう言ってもう一度頭を撫でてくれているロイは、本当に気にしてる様子も無くて…ホッと一安心。
よかった、怒られなかったよ!とハボックに目を向ける。
きっと彼も怒られずに済んで安心しているはず!
……なんて思っていたけれど、ハボックの顔は未だにひきつっていて。

「……ハボック少尉、対象人物を誘き出す良い案を思い付いたのだが」
「無理っす!」
「まだ何も言ってない」
「予想つきます!絶対嫌っすよ!」
「ななし」
『ん?』
「食事はどうだった?」
『楽しかったよ!ハボック、パンケーキに乗ってる沢山のクリームに悪戦苦闘してて……ほっぺにクリームがついちゃってたから私が』
「あー!!!!分かりましたよ!やりゃあ良いんでしょ!」

私の言葉を遮る形でそう言ったハボックは、今日一番疲れた顔をしていて。
…因みに他のメンバーは一連の流れを見て堪えきれていない笑い声を漏らしていた。






『…ハボック、大丈夫かなあ』

少しだけ人通りの少ない道に、ぽつんと立っているハボックをちょっとだけ遠くの曲がり角からロイと見つめる。

「と言うか、別に影に隠れなくても良いんじゃないか」
『ダメだよ!私達軍服だもの、3人も軍服の人が居たら目立つ!』
「今からでも遅くない、私達だけでも着替えて恋人の様に……」
『あ!ねえ、あのお店!キラキラしてて可愛いね!』

いつも通りのその口説きを誤魔化すように遮って振り返れば、あからさまに肩を落としたロイと目が合って。
その瞳が何だか悲しげにこちらを見ている気がして、思わず喉を鳴らした。

誰にでも贈る言葉って分かってるのに変に意識してしまうし、他の女性に同じ事を言ってるロイが簡単に想像出来て心臓が何だか痛いし。

『…それ、』
「ちょっと!俺置いて二人でイチャつかないでもらえます?」

大声でそう言われて、ふっと我に返る。
振り返れば、ちょっと不満気な…いや、かなり不満気なハボックが此方を見ていて。
慌てて手を振って笑顔を向けた。

そうだった、考え事なんてしてる場合じゃなくて仕事仕事…
何だか最近こうしてロイの事を考えてしまったりすることが多いなあ。

「…ななし、今言いかけたのは」
『い、今はハボックの事見てなくちゃ』
「……そうだったな」

それ、誰にでも言うんでしょ?

そう問い掛けそうになってしまった。
危ない、ハボックが声を掛けてくれて良かった…だってそれを言ってしまったらまるで

『……あ、』
「ん?」
『あの人…あの、体の大きい人』

ふと目に入った男性が気になってロイにそう伝えて、二人でじっと見つめる。
その人は、一言で言ったら…

「…あの男だな」
『やっぱり?』

何だかお淑やかな歩き方…しかもハボックの事をガン見してるし…
よく見るとお化粧してるのだ、女性向けの…あ、あれ気になってたリップグロスかも

そんなこんなあって、その人に目星を付けた私達はそれをハボックに目線だけで伝える。
ちょっと苦戦したけど、それを理解したハボックは顔に力が入ったようで。

「素敵、」
「は」
「素敵!」

間もなくハボックに話し掛けた男性は、両腕を広げてハボックに詰め寄った。
助けてください、と言わんばかりの表情で此方を見てきたので行こうと足を動かしたところでロイに引き止められる。

「今行って逃げられても困るだろ」
『じゃあどうするの?』
「…」

頭を傾げた私を横目にロイは今もまだ此方を見ているハボックへと口を動かす。
声に出していなくても分かるその指示を受けたハボックは、目を丸くして。

"抱きしめろ"

恐らくそう伝えただろう。
まあ抱きしめて捕まえるのが手っ取り早いし確実なんだろうけど…。

「う…最悪な1日だ、こんちくしょう!」
「きゃ!」

上司の指示には逆らえないと判断したらしいハボックは、その男性を両手で抱きしめた。
最初こそ驚いていた様子の男性も、状況を理解したらしくハボックの背中に手を回して。
急いでハボックの元へと駆け寄った私達に気付かない男性は、ハボックの耳元で呟いて頬へとキスをした。

「積極的ね、ちゅっ」
「う、うわあああ……!」

私とロイの耳にしっかり聞こえていたその言葉は、とろとろに甘い声で。
青い顔をして叫ぶハボックと、思わず足を止めるロイ。
私も思わず止まってしまいそうになったけれど、何とか持ち直して彼へと話し掛けた。




その後、あの男性にお話を聞くとやっぱり一連の犯人で。
外傷のある事件では無かったし、次の日には被害に遭った人の殆どが忘れたかのように元気に振る舞っていた為、厳重注意だけとなった。

囮として接触したハボックも、一日で回復した様子で一安心…だけど暫くの間一緒にご飯を食べてくれなくなった。
理由は "ななしと一緒に居ると後が大変" だそうで。

『理不尽!』

私は何もしてないのに!

と、今度は私が叫ぶ番になったのだった。






2019/04/30





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