いつも通りの午前中、それは突然と訪れた。
席を外していたロイが何やら険しい顔で戻ってきたと思ったら名前を呼ばれ、それに従ってロイの所へ行けば、珍しくハボックも呼ばれて。

『え、調査?私とハボックで?』
「ああ、何やら巷で噂されている件について調べてきてほしい」

そう言ってロイが渡してきた資料にハボックと目を通したが、そこに大きく書かれた題名に二人で首を傾げる。

『"男性だけを狙う謎"?』
「謎って…軍はオカルト研究所でも何でも無いんすけど…」
「まあその題名に関してはよく分からんが…被害者が全員魂を抜かれたかのような姿で発見されるらしい」
『え?』
「"被害者に話を聞いてみると、途端に体が震え出し何も話さなくなったと言う"……謎っすね…」

だからこの書類を作った人も"謎"と表記したのだろうか。

『でも、こういうのが上層部から来るなんて珍しいね…ほっとけ!とか言いそうだけど、上の方々は』
「その事なんだが、どうやら軍所属の者も被害に遭ったらしい」
「なるほど、こちらに被害が出たから解決して被害拡散を止めろと」
「そう言う事だ」

ふーん、と相槌を打ちながら資料によく目を通す。
…本当に男性しか被害が出てないんだ。

「ななしは女性で被害に遭う心配も今の所無いだろう。だが何が起こるか分からない為、二人で調べてもらいたい」
「そりゃ良いすけど…珍しいっすね、いつもだったらななしの隣は譲らないのに」

そう言ってチラリと私を見るハボックに首を傾げれば、ロイは深い深いため息を吐いた。
まあ確かに私とロイはセットに思われる事が多いみたいで、この前もロス少尉に似たような事を言われたけれど……
それは私が不眠気味だからなだけで。
きっと健康体だったら見向きもされないんだろうな…なんて考えて、自分で自分にダメージを与えてしまった。
…いけないいけない、今は仕事中、

「そうしたいのは山々だが、少しばかり仕事を溜め込んでしまったようでな」
「いつもの事じゃないすか、それくらい」
「…」

視線を感じて後ろを向けば、リザが監視するようにロイを見ていて。
その視線がハボックに向いたのに気づいた私は静かに軍服の裾を引っ張って、それに合わせて屈んでくれたハボックに耳打ちをする。

『リザ、見てるよ』
「えっ」
『今回の件は私達でやろ、ね!』

その言葉にハボックはこくこくと何度も頷く。
ロイのデスクを見れば今まで以上に溜まった書類があって、多分それが原因なのだろう。
度々ロイの仕事がリザに流れてるから…

「日頃の行いっすね」
「……所で少尉、ななしと耳打ちするほど仲が良いみたいだが」
「面倒くさい方向に話を逸らさないでもらえますか…」






『と言うことでー!ななしハボック探検隊!謎の真相を探るべく出動します!』
「いつから俺たちは探検隊になったんだ…」
『今日から!』

あれから直ぐに執務室を出た私達は、被害者に会うべく外へと出ていた。
ハボックと二人になるなんて滅多に無くて、それが無性にテンションを上げているらしく。
そんな私を見て、面倒くさそうにため息を漏らすハボックはロイから渡された資料に目を通した。

「さっさと済ませちゃいましょ」
『はあい』
「んじゃ、最初は…効率を考えてここから三軒先の店の店主に」
『あ!そこのご主人知ってる!いつもオマケくれる所!行こ行こ!』
「ちょ、」

ハボックを連れて早歩きでそこへ向かう。
近かった事もあり、早々に着いたその店に入ればいつものご主人が笑顔で出迎えてくれた。

「おや、こんにちは。今日は大佐と一緒じゃないんだね」
『今日はお仕事で来たので!』
「仕事?」
『はい!ちょっとお一つ聞きたくて…』
「うんうん、何かな?」
「最近噂になってる男性ばかりを狙う人物について…」
「……」
『…あ、あれ?』

ハボックのその言葉にたちまち笑顔が消えたご主人は突然と体を震わせはじめて。
二人でぎょっと驚いていれば、冷や汗の酷いご主人はハボックの肩を震える手で叩いた。

「あれは思い出すだけで恐ろしい…君も、気を付けなさい」
「え」
「ああ…気分が…悪いが今日はもう店を閉めるよ、悪いね…」
『えっあ、あの!』
「ちょ、」

ぐいぐいと背中を押された私達は、されるがままにお店の外へと出される。
呆然とするハボックと私は目を合わせて、少しの間そこに立ち尽くしてしまった。

そしてそこから二人目、三人目、四人目…五人目と被害者に会ってみたけど、全員が一人目のご主人と同じ反応で。
全く手掛かりを掴めない私達は、最後の砦…軍に所属する男性の自宅へと向かうことに。

『…で、今まで全員が同じ反応で何もお話を聞けなくて』
「しかも全員、俺に忠告してくるんだが…」

快く出迎えてくれたその男性は、それを聞いてごくりと喉を鳴らした。
段々と震えてきたその手を見つめて男性はゆっくりと口を開く。

「本当は思い出すのも嫌ですが、これ以上被害を出さない為………あれは三日前の夜です、僕は仕事も終わり帰る為に暗くて細い小道を歩いていました」
『ふんふん…』
「暫く歩いていると前方から体格の良い男性が歩いて来たんです。そして気にせず、すれ違った時……後ろから、ガバッと!!!!」
『ひょっ!』

くわっと目を見開くその表情に思わず体がビクついてしまって。
隣からプッと笑う声が聞こえて、恥ずかしくて顔が熱くなる。

『が、がばっと襲われたと』
「はい…」
『どう襲われたか聞いて良いですか?』

これだけ怯えているんだ、きっと相当怖い目に遭ったのだろう。
メモを手にするハボックも笑っていたのにいつの間にか真剣な表情で男性を見つめていて、男性は私達の視線に険しい表情で返した。

「…後ろから抱きつかれて」
『……ん?』
「お、驚いて振り向いた僕の顔を両手で挟むように掴んで…」
「…」
「そのまま……ぶちゅっと…うっ…!」

思い出して気分を悪くしたのか口を手で塞いだ男性。
まさかの内容に私もハボックも声が出なくて、暫く沈黙が続いた後報告の為にそこを後にした。




『予想よりも随分と斜め上だったね…』
「そりゃ誰だって思い出したくなくて俺たちを追い出すはずだ」

手帳を見ていたハボックが、はあ、とため息を漏らす。
ため息を漏らす姿も中々様になっていて、うんうんと頷く。
なるほど、だから皆ハボックに忠告をしていたのか。

『ハボックって結構ハンサムだもんね、狙われそう』
「えっそれはマジで勘弁…大体狙われるなら大佐だろ」
『確かに…でもロイは何だかんだ色んな女性と歩いてるから、襲いにくいんじゃないかな?』
「どうせ俺は独り身だわ」

けっと不貞腐れるハボックに思わずクスリと笑ってしまって、じとりと睨まれる。
考えなしだったかな、なんて思って慌てて頭を下げれば今度はハボックが慌てる番で。

「ちょっと、上官に頭下げられてる姿を誰かに見られたら、」
『あ、そっか…う、また考え無しに…』
「はあ…敬語も気も使わないし、本当ななしって上司ってイメージが未だにつかないわ」
『奇遇だね、私も!』
「こんなに小さいしな」
『わ、わ!ちょっ…もう、ボサボサになるー!それに小さくないし!平均より上!皆が大きいんだって!』

昔、執務室の仲間にだけお願いした事があって…それは敬語を使わないでってお願いだったのだけれど。
そのおかげか皆気さくに話し掛けてきてくれるようになって、今ではこうして頭を乱暴に撫でてくれるくらいには仲良しになっているのだ。
勿論ロイ以外の上官が居る時は軍の厳しい上下関係があるから、敬語を使っているけれどそれ以外はほとんど。

「あーこんなの見られたら何を言われるか」
『え?誰か上官居た?』
「いや、そうじゃないっつーか…いや、上官ではあるんだが」
『?まあ取り敢えず、戻ろっか……ん、この匂い…』

突如として運ばれてきた甘い香り。
何処か香ばしくて、ほかほかとした甘い香り。
その匂いにつられてハボックの後ろを覗いて見ると、先程まで出ていなかった看板が出ていて。

『…ねえハボック』
「ん?」
『パンケーキ、食べたくない?』
「……いや、別に」

少しの沈黙の後、困惑気味にそう答えるハボック。
だけど私の頭の中はもうパンケーキでいっぱいになっていて。
錬金術師の証である銀時計をパチリと開けて時間を確認した私は、ハボックにそれを確認するようにと突き出した。

「は、」
『ほら!少しだけ時間あるから!ね?』
「いやいや、俺たちゃこれでも仕事中……」
『でも美味しそうだよ!』
「仕事が終わったら大佐と来ればいいだろ」
『でも、でも……』

ぐぎゅるるるるる…

「……」
『……』
「…はあ、手の掛かる上官だわ」
『えへ、』

面倒くさそうに深いため息を吐いたハボックだけど、私はそれに気づかないフリをして彼の手を引っ張りパンケーキの良い匂いがするお店まで駆け足で向かった。





2019/04/15





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